「私の大切な秘蔵っ子を誑かした罪は、償わせなければならない」 仮面と黒衣を纏う魔法少女は、配下のゴーレムたちを遠隔操作しながら薄く嗤っていた。黄金仮面が一番嫌うことは、決まっていた予定を乱す突発的なハプニング。普段は十分に振れ幅と時間的余裕を持たせて構成される悪夢のステージの中に潜む、少ないが確実に存在するクリティカルなイベントを乱されることを、彼女は最も嫌悪する。 「しかし、まだ足りない。まだ足りない。まだ足りない。まだ足りない……!」 今、澪は全身の骨を砕かれながら折りたたまれている最中であるがまだ苦痛が足りない。大した問題にならないまでも、予定外の因子、黄金仮面本人が想定していない状況で直接刃を向けてくる者へは容赦しない。それが彼女の別世界から変わらないスタイルだった。 「私に、刃を向けた罪は万死に値するッ!」 怒声を上げてゴーレムたちの責めを苛烈化させていく。しかし、『新月』たちの玩具を感情のままに壊すことができないのが辛い。彼女とて悪巧みの仲間たちと無駄な摩擦を起こしたくはなかった。 「……本来ならば嬲り殺してヤルのに……あんなことや、こんなことをして……」 『主よ、ご報告がございます』 聞こえてきたのは『新月』の永山左近の声。仲間内でも最悪の策士との呼び声が高い。某有力大名の軍師でもあり、政治的影響力も大きい存在である。 『新月は全員、鷹爺殿に乗りましたので、これからそちらに向かいます』 鷹爺はこの世界で黄金仮面が見つけた協力者であり、本来の名前は別にある。日本列島を北海道から九州まで数十分で往復できる能力の持ち主で、全国に散る新月を集めるのには最適だった。 『きゃー、導様、お久しゅうございます! 私も今すぐ甲世城に行くから待っててくださいねーっ! この瑪瑙姫、その不埒者を穴だらけにして脳味噌を』 左近と同様、政治的影響力の大きい瑪瑙(めのう)姫。針を使う拷問を好む破綻者だが、普段は普通の姫をこなしている、らしい。 『姫、少し落ち着きください。左近が困っております。そう、私のように、まったり玩具で遊ぶのも良いものですよ。溶かしては回復させ、溶かしては回復させ、すると玩具の精神状態の変化が刻々と』 前の世界から連れてきた「彼女」は、今も勇者パーティの武闘家の少女を食んでいた。消化しては再生させ、消化しては再生させを繰り返してもう100年にもなるだろうか。 伝わる無数の声を聞きながら、黄金仮面は嗤う。闇に潜る新月の集結、完全にして実体を形作ることなき暗黒の新月がフルムーンとなるときがあるならば、それは今日のように歴史の主導権が人間から魔法改造人間に移る瞬間をおいて他に無い。 計画に多少の不確定要素はあったが、大きな影響は無かった。 「新たな100年の戦乱を経て、この国は次の時代に移行する」 甲世家には直前まで伝えないでいたが、諸大名軍の奇襲を黄金仮面は承諾していた。諸大名軍の大敗、日本の生態系改造、甲世幕府の成立までを視野に入れている。 諸大名軍の永山左近、瑪瑙姫は新しい時代の下地を造るため動く『新月』中核メンバー。直政たち甲世の一派が国内の環境や生態系を改造する役目ならば、彼らの役目は人間社会の管理だ。 かつて豊臣秀吉が天下統一を成し遂げたとき、当時の『新月』メンバーは大阪城を強襲、織田信長より続く流れを完全に抹殺し、城ごと爆破して天下統一を霧散させた。この世界に現れたばかりの黄金仮面と仲間たちは、目の前で起きている太平への流れを認めず、再び歴史をやり直させた。 世は戦乱に逆戻りし、その後100年近く続いた内戦状態により、国内で疫病が流行し、飢饉が全国規模で発生し、人口は当時の半分よりも少ない。新たな新興宗教が無数に立ち上がり、浪人たちの武装集団が跋扈した。 300年後の日本において猛威をふるうことになる宗教団体『統勝一全教会』や『天球星霊教会』の原型もこの時代に生じたが、今はまだ名前さえ存在しない集まりである。
諸大名たちが新たな勢力地図を敷いた頃には、日本は既に滅びかけていた。小石が坂道を転がり落ちていくように、国中が疲弊して奈落に沈みつつあった。 乱世を治めようと秀でた才能は男女問わず現れ、歴史の流れは幾度となく滅亡回避に向けて動いた。その度に『新月』たちは彼らを処刑し続けて戦乱の世を維持し、特に武芸に秀でた少女たちは陵辱と拷問の玩具にされた。 左近など一部の過激派は少女たちを幼い頃より集めて戦闘訓練をし、少女だけの戦士団を無数に組織しては勝機の無い戦闘に送り出し始めた。戦いで弱っていく様子を愛で、心を砕かれて敗走する様子を嗤い、すぐに力尽きて倒れる姿に落胆した。巫女の甲世討伐隊は、蟲の巣に落とされるために結成された、今までの戦士団でも最大規模のものである。 『新月』――その目的は、天下統一でも、金銭でも、思想でもなく、ただ気高き魂の少女たちを苦しめ、痛め、汚し、拷問し、全てを踏み躙ることに特化する。清い心を汚濁に沈め、肉体を限界まで蹂躙すること。手段のために政治的な力を維持していても、目的は猟奇的な加虐趣味しかない。 そして邪悪な欲望のみに動く彼らが、歴史の闇から燻りだされることは無かった。
しかし、本当に日本が滅亡してしまっては、彼らの欲望も満たされない。 苦しみの土壌から芽吹く美しい挑戦者を糧にする邪悪な集団も、挑戦者を産むにはある水準の社会システムが必須であり、このまま内戦状態を続けるよりは次の段階に歴史を進めるべきだ、と考え始めた。そこに甲世直政という巨大な才能が生まれ、日本生態系の再構築と為政組織の新設という歴史のシナリオが紡がれる。 もちろん、甲世幕府とその敵対組織、両勢力の中核を『新月』メンバーが占めることは決定事項だ。彼らはそうやってお互いに表向きは敵対しながら欲望を満たし、これまで歴史を操ってきたのだから。もっとも、支配者そのものにまでなるのは初めてだが。 『今日はお祝いですっ。新しい時代だーっ! 瑪瑙姫、とっても嬉しい!』 瑪瑙姫の言葉に、左近は優しく嗤う。 『ええ、夢の時代の始まりです。『新月』はこの日より永遠に、この国を支配する』
………………… ………
天地が蟲雲の暗黒に染まるのを背景に、増水した川から指が3本しかない手が飛び出してきた。指が大地を力強く掻き、全身に火傷を負った少女の裸体がずるりと水面から這い出してくる。 「はあ、はあ、はあ、はあ、死ぬかと思った」 澪に炎対決で敗れて川に落ちたキメラ少女は、翼についた水をパタパタ振るって大地に戻る。しかし全身の肌は赤く焼け爛れており、ダメージは決して軽くはなかった。 「くそっ、あの女、どうして急に、あんな炎を出せるようになったのよっ」 白い炎こそが本来のものだが、澪のキメラの少女にそんなことは知る由もない。甲世の作った模造品である彼女が白い炎を出せないのは、そのまま甲世の能力の限界になる。それを認めたくは無い。 「でも、今はとりあえず、安全なところまで逃げるしかないか……でも、どこへ……」 いくら直政でも人間を皆殺しにはしないだろうが、安全な場所もなかなか思いつかない。しかし、すぐ近くに迫る蟲雲から逃げないといけないだろう。ここに留まる選択肢は無い。
そのとき、空が悲鳴を上げて軋み喘いだ。 暴風ではない、ただ空気が裂かれるような高い音。 一瞬にして、夜の如き暗さ。 巨大な物体が太陽を遮り、周囲の山に巨大な影を落としたのだ。
「……あ、……あれは……まさか、羽翼仙さま……どうして、ここに……」 キメラの少女はそれだけ言い、後は口をパクパクさせながら空を見上げるしかできない。上空には、両翼を広げるだけで空を覆い尽くしてしまう巨大な影、その名は『大鵬金翅鳥』、または『雲程万里鵬』。かつて大陸にて殷と周の戦争に参戦したという神話の怪鳥。 少女の一度だけ、直政の仲間であるその存在に遭った。人間体では皺だらけの白髪の老人だが、本性は獰猛にして巨大な鳥の怪物。人間体のときは羽翼仙と名乗るが、仲間からは「鷹爺」と呼ばれているとのことだった。鷹と大鵬では格が違いすぎるが、当人は「気にしておらぬ」とからから嗤う。 直政の城にいる黒衣の怪人が、この世界に現れて仲間に引き入れたその存在は、『新月』と呼ばれる謎の組織の中でも別格にあたる文字通りの化物である。それが今、甲世の城に向けて飛翔する。 天地が蟲と異形で覆われれば、大きな鳥も飛んでくる。 歴史は人間の手から、完全に別の存在に奪われつつあることを、キメラ少女は改めて実感した。 その光景を見れば誰もが思うだろう。もうこの国はお終いなのだと。どれだけ新しい時代が来ても、どれだけ人間が奮起しても、どれだけ足掻いても、決して手が届かぬ暗黒の新月に国中が絡み取られ、未来は闇しか残されていないのだろう。 あの白き炎の澪の抵抗など、すでに捻り潰されていることだろう。 人間の抵抗など、言うに及ばない。全ては終わってしまうのだ。それは、この国に住む動物も、植物も、生きている全ての存在にとって同じ意味だ。甲世は生態系そのものを創り変えるつもりなのだから。
瞬間、轟音が響いた。 川から巨大な水柱が立ち、流れていた水が一瞬で沸き立った。
「な……なんなの、これは! なんなのよぉっ!」 空の次は川に異変が起きたのかと逃げ出すキメラ少女の前で、流れていた水は沸騰して凶悪に泡立った。吹き上がる湯気の中、沸き立つ川の中にいれば茹蛸と化した可能性もある。陸に上がるタイミングがギリギリだったことは間違いない。 「一体、何が……これも、あの黒衣の御方の仕業なの?」 少なくとも川を沸騰させているのが甲世家の一派ではないことは確かだ。能力の性格からして直接的に行うのは不可能である。だとすると、キメラの少女には黄金仮面以外に可能性は見当たらない。しかし、このような甲世城から離れた場所で、川を沸かせて何の意味があるのだろう? よく観察してみると、川は地中から熱を得ているらしく、川底が赤く発光していた。まるで地中に巨大な熱の塊が蠢いているようだった。赤い光は川の上流へ登り行き、山の向こうへ進んでいく。その直線上は、ちょうど甲世城のある辺りになるだろうか。 ふと見ると、大鵬金翅鳥は蟲雲の中に消えていた。おそらく、今頃は甲世城の上空にでもいるのだろうが、この位置からでは蟲のカーテンの向こうまで見ることはできない。逆に言えば、向こうからこちらも見えていないだろう。 (何だか、あの鳥がここを通過するのを待ってたみたい……気付かれないよう、みたいに) キメラ少女は何となくそんなことを思ったが、別にそれ以上のことは分からない。ただ、あの鷹爺がここを通過するときに川が沸騰していれば、異変に気付いたかもしれないと考えたのだ。
ざわざわと、風が吹いてもいないのに木々が揺れた。 木々も、草花も、ざわざわ、ざわざわ、揺れ始めた。
そう言えば、澪が急に強くなったとき、彼女が焼き払った大地には草花が生えていたことをキメラ少女は思い出した。あのときは冷静になれないでいたが、あの現象は何だったのか。考えられるとすれば、魔法の影響以外に無い。甲世の生物改造の魔法と、澪の炎を操る魔法の、複合――。 そのとき、ぞくりと背筋に悪寒が走る。 キメラ少女は獰猛な殺気を感じて周りを見渡した。しかし、そこには木々や草花しか存在しない。 甲世の蟲雲が到達すれば食い荒らされて死ぬ彼らは、ただ揺れているのだった。 何千本も、何万本も、沈黙を守りながら。
『救世主ミリルのお仕事』 第4章 −甲世の城(後) 白炎の太陽VS暗黒の新月− 4-1「白炎の太陽VS暗黒の新月1」 4-2「白炎の太陽VS暗黒の新月2」 4-3「間、集結の新月」 (現在ページ) 4-4「白炎の太陽VS暗黒の新月3」 4-5「白炎の太陽VS暗黒の新月4」 4-6「白炎の太陽VS暗黒の新月5」 4-7「燃える世界」 4-8「終極」 4-9「はじまり」
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