「敵は30人はいる。かなり美人ぞろいだから、好きに料理すればいいよ」 異形の気配が部屋中に満ち満ち、獰猛に唸って少女の呼びかけに応えた。血色の教室を染めたのは、歪んで紙のように破れた空間の境界から這い出た「無色の混沌」。唯の光は人間の色覚では無着色と同意であり、そこには何も存在しない虚無でしかない。それはこの世界と別の世界を繋ぐ亀裂の断面であり、召喚魔法とはこの亀裂を如何に広げるかを最大の課題としていた。 クラスメイトの死体は一瞬で混沌に沈み、血生臭い香も溶けた肉の臭気も掻き消え、波が砂浜の足跡を浚うように残らない。現世界と別世界の時間軸が混在した今、耐性の無きものは時間の渦に呑まれ果てるのみ。かつて、とある漁師が亀に連れられて別世界に行き、数十年の時間を二週間で消費したように。 「さて、少し早いですが帰りのホームルームを始めます。意見のある人、いますか?」 にっこりと微笑むクラス委員長の言葉に、次々と手が挙がった。しかし、そいつらに主張したい意見があるわけではない。混沌の中から最初に這い出してきたのは、頭部が人間の手の形をした蛇の大群だった。
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戦いは校舎内の各所に仕掛けられた式神との掃討戦となった。戦闘は熾烈を極めたが、内容は数で勝る鬼が綺麗な薄布を纏う少女たちに狩られるだけの一方的なものだった。俊敏に戦場を駆ける少女たちの虹色の軌跡が花吹雪のように広がり、バトンの打撃、リボンの束縛、ボールの射撃、ロープの撹乱、フープの斬撃が瞬時に組み合わされて敵を撃墜する。 廊下側の窓ガラスが砕け、式神の赤鬼が無人の教室に転がり込む。それを追って現れたのは、純白の生地を虹模様で飾ったレオタードを着こなす1人の少女。手には赤鬼を掃い飛ばしたバトン。健康的な肢体を浮き上がらせたレオタードは悪霊や怪異の術を弾くよう聖水で清められ、防刃機能も極めて高く、赤鬼のレベルで防御を破ることはできない。 「其の傀儡を払い清め給え」 それでも機械的に起き上がり攻撃を開始しようとする鬼を、くるりと一回転した少女のバトンが薙ぎ払う。「本日は集団下校とします」と綺麗な字が書かれた黒板に激突した鬼は、力尽きて灰に変わった。衝撃で黒板消しとマグネットが落下し、後は静寂が満ちた。少女はポニーテールを揺らして周囲を探り、敵の気配が無いことを確認して、端整な顔に浮かぶ汗をそっと拭う。 そのとき、廊下から2つの足音が聞こえてきた。 「付近の鬼は退治しました」 「次エリアへの移動経路の安全を確認。高等部3人と中等部1人で、20匹の鬼を仕留めたそうです」 リボンを手に構えた少女が簡潔に報告すると、後ろに控えた少女がロープを腕に巻きながら報告を続けた。後輩のレオタード少女たちの無事を確認した新体操部の副主将は、頭の中に学校の地図を描きながら頷く。敵である数学教師が潜伏していると思しき教室まで距離にして2階分。人質奪還を伴う難しい戦いはこれからだ。 「敵が弱いからと油断するな。気を引き締め、ぇ」 ぐいっ、とポニーテールを後ろから引かれ、副主将の少女の言葉は中断した。背後に味方はいない、つまり髪を引くのは敵しかない。背後への攻撃を行おうと、バトンを瞬時に持ち直すレオタードの少女。ドアの前で立つ後輩の戦士たちも驚愕して戦闘体制に入ろうとする。混乱と緊張。表情が伝えるのは魔物の出現。 (そんな気配は全く感じなかったのに! まさか、私が背後をとられるなんて!) 攻撃を繰り出すまでの時間を永遠の長さに感じながら、バトンの少女は綺麗な顔を狩人に変えて背後に神経を集中させる。ワンテンポ呼吸が遅れ、後輩の戦士たちのロープとリボンは間に合わない。自分で先手を取らなければ、相手に攻撃を許すことになる。しかも背後から無防備な状態で。 どうして気配を感じ取れなかったのか、嫌な予感がした。接触まで相手の気配を感じられないのは、対象が気配感知の目盛の針が振り切れる力量差のある強敵か、何気なく落ちている石ころかのどちらかだった。 「払い清め給え!」 横殴りのバトンが、乾いた音を立てて静止した。相手を打てないどころか軽く受け止められ、背筋を冷たい電流が走る。感じられずにいた魔物の気配も存在感を異常に高め、今や数千年を経て形を残す巨岩の如き妖気が背中から伝わり、腐臭が混じる吐息がざざっと髪を嬲る。 魔物の姿をようやく視界に入れたレオタードの戦士は、思考が凍りつくのを感じた。それは他に形容の仕様もない、純粋にして絶対の恐怖。精神を鍛錬しても克服できない、生物としての本能的なレベルの差。 「あ……ああ……こ、こんな……」 自分が繰り出したバトンを指先で磨り潰して嗤っていたのは、鋼を思わせる鈍色の筋肉を膨らませ、6本ある手を大きく広げた馬面の巨鬼だった。背を丸めているが、直立すれば教室の天井を突き破る巨躯。小刻みに震える少女の顔を、鬼は棍棒のような指で撫ぜ、髪を乱した。首筋をなぞり、レオタードに包まれた胸の弾力を愛で、細いが筋肉の締まる腕を摘み、腰から下腹部へと指を這わせ、太股へ向かう。 それは定期の身体測定のような扱われ方で、肉体の健康状態を探る医師の手つきだった。拘束されたわけではなく、逃げることも反撃することもできた。しかし少女は動けない。悪戯をすれば説教を食らうように、鬼の動きを拒否すれば殺されることを理解していたのだ。 しかし、我に返った後輩の戦士たちのリボンとロープが、遅れて鬼を拘束しようと宙を華麗に舞う。しかし、鬼が一睨みするとたちまち虚空で燃え上がり灰になった。攻め込むでも無く撹乱でもなく、中途半端な攻撃を選択した少女たちは、ただ魔物の機嫌を悪くして武器を失い、先輩の戦士の運命までも決めてしまった。 「いっ、いやあああああああああああああああ!」 バトンを持つ少女が戦士の仮面を捨て、恐怖の声を上げた瞬間、鬼の爪が彼女の乳房をそっと薙いだ。レオタードの胸元が破れ、赤い大華を開かせて母性の象徴が奪われる。軟肉の残骸や乳首が天井に張りつき、血が綺麗な曲線を壁に描いた。後輩の戦士たちが後悔したとき、少女の胸は完全に破壊されていた。 しかし、激痛を感じるよりも迅く、胸を抉られながらも残るバトンが鬼に繰り出される。たとえ勝ち目が皆無に近くとも、こうなれば戦うしかなかった。どれだけ絶望的な戦況でも、無抵抗で殺される選択肢は無い。 「貴女たち! 私はいいから全員をここから退却させなさい! 今すぐに急いで!」 せめて仲間たちを逃がす時間だけでも稼ぎたい。少女のバトンが強靭な鬼の肉体をしたたかに打つが、攻撃は全く通用しない。出血のショックで意識は一瞬遠くなるも、別の激痛で覚醒させられた。胸からの鮮血で染まるレオタードの、腹から背中にかけて鬼の指が貫通していた。少女の命を弄ぶかのように。 「ぐふっ、ごふっ、ぐ、ううう、ぐうう」 背中の虹模様が裂けて棍棒のような指が顔を出し、赤黒い血と腸が溢れ出した。口から血を吐き、少女はそれでも鬼を睨みつけてバトンをもう一度叩き付ける。既に手に力が入らないが、鬼の注意を後輩たちから自分に向けさせるためには、死ぬ瞬間まで戦い続けるしかない。震える手がバトンを振り上げ、再び鬼を打つ。バトンは鬼の妖気に蝕まれて砕け、少女の唇から赤黒い噴水が、下半身から汚物や内臓が流れ落ちる。 「ああ………ああ………」 「ふ、く……キャプテン……そんな……うそ……」 しかし、後輩の少女戦士たちは逃げるどころか、腰を抜かしてその場にへたり込んでいた。自分たちの攻撃が招いた先輩の戦士の危機と、強大すぎる敵と、残虐な処刑の様子に、戦意が押し潰され、歳相応の弱さを持つ少女に戻ってしまっていた。股布から床にかけて黄色い水溜まりが広がっていく。 (逃げなさい! 逃げるのよ! 逃げなさい! 早く!) 真紅に染まる先輩の少女戦士の声は血に呑まれ、最早言葉として届くことはなかった。 性器から腹の穴までを指で貫かれ、大きく開かれた鬼の口に運ばれていく少女。生きたまま頭から噛み砕かれ、胃袋に消えていく哀れな先輩戦士の姿は、後輩に自分たちの運命を教えていた。
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■『新体操部少女隊散華』 1 2 3 4 5
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