長く苦しい戦いが終わったとき、誰もが笑える平和な国が作れるのだと信じていた。 光無き暗黒がどれだけ巨大な力を持とうと、終わらない夜など決して無いのだと信じていた。 異形の跋扈、疫病の拡散、戦火の拡大、長い試練を抜けた先の希望を信じなければ、この世に希望等という概念は存在しないのではないかと思えるほど国は荒み、滅びの道を進んでいく。 ようやく天下統一という形で見えてきた希望を掻き乱す甲世家という異物。人を超える力を持つ悪鬼の軍勢を討ち滅ぼさねば、この国の人々未来が無いことは明らかだった。
山奥に作られた巨大な神社に集められた少女たちは、それぞれ1人ずつ『石』を与えられた。衣服を鎧に変えて精神を強化し、無垢な少女を一騎当千の戦士に変える魔石。彼女たちは極秘の戦闘訓練施設にて、甲世を討つための特殊部隊としてあらゆる戦闘術を仕込まれた。 鍛錬所の近くにある滝壺の付近では、訓練用の鎧兜を脱いだ白装束の少女たちが疲労を癒すように水浴びをしていた。 長い訓練を終えて汗塗れの少女たちの唯一の楽しみは、この滝での戯れだった。岩に腰を下ろして足先で水面を叩く娘、砂や汗で汚れた髪を洗う娘、ふざけて岩壁をよじ登る娘、お互いに笑顔で水を掛け合う娘、そして一糸纏わぬ姿に戻り泳いでいる娘。 この天然の瀧で戯れる少女たちは全員で数千にもなる。瀧の遥か上流、また下流まで、まるで川が白い衣を着ているかのように、多くの少女たちが透明な水滴を舞い上げていた。 「ねえ、私たちは悪い人を討つためにここに集められて、それで鍛錬してるけどさ」 「鍛錬してるけど、ん、もしかして怖くなったの?」 岩に腰掛けて足で水面を掻き回しながら、1人の少女が隣の少女に言う。横では別の少女たちが集団で川の中に飛び込み、元から泳いでいた者たちと盛大な水のかけ合いを始めた。向こうでは霧状の水を浴びながら優雅に昼寝をしている集団もいる。 「怖くは無いけど、いつ戦うことになるのかな。私たちって」 「そりゃあ、もうすぐ、もうすぐよ。はっきりと分からないけど、私たちの大名様の天下統一と、甲世家が一戦交えるのは間違いないんだから。もしかしたら、明日には突然戦が始まるかもしれないし」 「そのときは、私は全力で戦うよ。勝たないとこちらが殺される」 「当たり前よ。化物なんか、バッサバッサやっつけてやるんだから」 太刀の素振りをする少女の横で、もう1人の少女は端整な顔を曇らせる。磨鏡の顔を覆う悩みの曇り。いつも明るい少女の顔に、得体の知れない不安がはっきりと影を落としていた。 「何よ。何か悩みがあるなら相談して。貴女を慕ってる娘は多いんだから。その本人がそんなお腹が痛そうな顔して沈んでいたら、みんなの士気にも関わるわ」 「ごめんなさい……別に悩みってわけじゃないんだけど」 少女は弱々しく微笑んで、自分に与えられた青色の石を強く握り締める。自分に戦闘能力を与えてくれる魔法の石。しかし、その触り方はまるで石に隠されている正体を暴こうとしているかのような、明らかに警戒を含む指の動きだった。 「この石、なんだか気持ち悪い」 「石がどうかしたの?」 「例えば、この瀧の水はとても澄んでいて、本当に冷たくて、肌に優しくて、綺麗。この石もとても綺麗な色をしてるけれど、清らかな水と比べるとはっきり分かる。この石は濁ってる。なんだか、誰かの悪意が込められている気がする」 「何よそれ」 話を聞いた少女はおかしくて吹き出した。 「そんなのこっちは全く分からないって。自分でも何言ってるか分かってないでしょ」 「う……うん。心配のし過ぎだよね」 「今夜は早く寝たほうがいいんじゃない? かなり疲れてるんじゃ?」 本気で自分を気遣う少女に、悩める少女は笑顔を作って応えた。手に握られた青い石は肌に痛く、体温を吸うように冷たく、どれだけ握り締めても少女の温もりで満ちることはなかった。
(深く傷つけられても治癒できる能力とか、暗闇等の悪条件でも戦える能力とか、戦闘に耐えれるよう心を強くする能力とか、滅多なことで戦死することは無いと聞いてみんな喜んでいたし、私も凄い石だって関心したけど……) これは拷問を受けても肉体と精神を破壊されることがない、頑丈な慰みモノを生み出すだけではないか。この装甲を纏いながら敵に責められれば半永久的に拷問され続ける。少女が悪意の正体に気付いたときには、巫女の戦士たちは3000人全員が異形の蟲海に転落していた。 そこは無数の洞窟が複雑怪奇に噛み合う暗黒の迷宮。 少女たちは落下時に岩に激突して手足を砕かれ、骨の断面や内臓がはみ出した。美しいレオタードも蟲の体液や糞便や自分の血に塗れ、今や汚いだけの黒衣。数千の少女戦士たちが汚物に塗れ、目玉や内臓を全身から垂れ落とし、手足を折り曲げ、血を飛び散らせる地獄が出現する。 微光を放つ装甲では暗闇に隠れることもできず、彼女たちは怪生物と怪蟲の大群に襲われた。地下は地獄さながらの光景となった。汚濁に塗れ、血と内臓を飛び散らせての絶叫。厳しい修行の成果は儚く崩れ落ち、濃密な絶望と恐怖が地下空間に満ち満ちた。 巨大アリや巨大百足の群れが、巫女たちは身体を貪っていく。 ある巫女は蛆虫の大群に塗れて白骨化した手足をバタつかせ、別の巫女は肋骨の隙間から内臓を垂れ流しながら頭を巨大蜘蛛に齧られ、別の巫女は顔の肉を剥がれ頭蓋骨を露出させて狂い泣く。顔をミミズに食い荒らされた巫女が、乳房をゴキブリに食い荒らされた巫女に助けを求め、顔をアリの巣にされた巫女は、性器をコオロギに食われる巫女とすがり合う。 全身を汚物と蟲に覆われた巫女たちは、錯乱して暴れ始めた。光矢や聖剣を闇雲に振るう者も多数おり、お互いの聖なる武器が同士討ちし、仲間の腕や顔を切り裂き、胸や足を射抜き、敵襲と誤解した巫女同志の殺し合いが至る箇所で起こり始めた。 「みんな、離れないで、固まって戦えば……うぶうっぐうぶぶくぐううう!?」 「出口、出口はどこなのぉぉぉ! 出して! ここから出してぇぇぇ!」 内臓まで食い散らかされ、全身の血を吸い尽くされ、毒針で刺されて紙風船のように膨らみ、巨大昆虫に股から引き裂かれた。蟲たちが動くと連動して蟲の巣、即ち洞窟の壁も動き、阿鼻叫喚の戦いを続ける巫女たちを押し潰して肉塊に変えていく。 汚らしい水音を立てながら巫女と蟲は仲良く潰れて1つになり、クリスタルが治癒能力を全開にしてミンチ化した巫女を復元し、甲世直政の異能が蟲を再生していく。 「……た、すけ……助けて、誰か……だれ、か……だれ、か、ぁ……!」 手を伸ばす先も、足が向く先も、存在するのは蟲のみ。 幼い頃より女の全てを捨てて苛烈な修行に耐えてきた少女たちは、蟲の死骸と汚物に塗れ、美しい顔を耕されて肉色の畑にされていく。身体中を牙や針で刺され、乳房を破壊され、子宮を食い荒らされていく。骨を露出し、土や岩に押し潰されてミンチにされていく。それでも生き続けた。 クリスタルは肉体再生を止めず、蟲も彼女たちを苦しめるように顔や乳房や性器を襲うが、致命傷は器用に避けている。平和な国を作るための巫女たちの修行は、確かに実を結んだ。肉体を極限まで鍛え上げられ、精神的にも強固な少女たちは、悪意に満ちた凄惨な陵辱との相性も最高だった。
「弥助、お前もなかなか理解ってきたようねえ。この蟲パーティは悪くないわ」 「この弥助めは、虫たちを意のままにすることしかできませぬので」 黄金仮面が嗤う後ろで弥助は黒い覆面を脱ぎ捨て、全身に魔法改造人間の証である紋様を浮き上がらせながら虫を操り続けていた。全身を無数の虫で覆われた『虫使い』の男は今ここで、数年ぶりに覆面を取り外し、異能を存分に操ることのできる解放状態を晒していた。 虫を自在に使役する男の姿は、甲世直政と同じく人間の形をしていない。 覆面の下から現れたのは濁る複眼と八の字に割れた顎、禿頭には触角が2本伸びている虫人間、さながら蟻地獄を連想させる畸形の男は、たとえ解放状態でなくとも外見は変わらない。蟲を操る強大な異能の代償は、やはり人間を捨て去ることだった。 実際の弥助の中には人間の記憶はほとんど残されておらず、弥助自身も進んでかつての記憶を切り捨てていた。 ここにいるのは人間ではなく、昆虫を支配する魔法改造人間である。蟲を生み出すことでは甲世直政に匹敵する者はいないが、操ることにかけては弥助が上だった。それは彼らが本気になればいくらでも支配圏を拡大できる。天空に、そして地表面に広がる蟲の洪水と無数の異形は、放置すれば国中を食いつくさんばかりの勢いがあった。 「何と美しき絶景哉」 黄金仮面と弥助は甲世の眷属に飲み込まれていく大地を悠然と眺めながら、少女たちがお互いの血や体液や臓物を浴びながら蟲風呂で苦しむ姿を愛でていた。少女たちの持つクリスタルから情報が送られ、3000枚の巨大スクリーンに変換されて、黄金仮面たちの周りを螺旋に渦巻く。状況が琴線に触れたのか、黄金仮面は熱心に地獄絵図を愛でた。弥助も様々な悲鳴を聞きながら蟲を操作し、巫女の少女たちを更に苛烈に責め立てる。 甲世の眷属は既に半径10キロメートル四方に拡大し、さらに勢力を増していた。放置しておけば数ヶ月で日本の生態系そのものを塗り変えてしまう恐るべき侵略。 このまま甲世が天下統一、即ち日本の生態系の制圧を完了すれば、大半の人間は異形の餌か異形そのものになり、美しい正義の心を持つ少女だけが戦う力を与えられて『抵抗する義務』を課せられ、生きている限り拷問と陵辱に晒される国が完成することになる。 圧倒的な『魔法』の力が、今まさに日本を滅ぼして創り変えようとしていた。 しかし、彼らは自分たちが生み出した地獄に夢中になり、酔いしれ、気付くことができなかった。甲世の城から山を越えた場所、異形と蟲に呑まれた大地の中で、輝く2つの光があることを――。
1つは清浄な白き炎、1つは轟轟と蠢く紅蓮の炎。天地が極大の悪意で覆い尽くされる中、小さく、しかし力強く輝いている光同士が出会い、交じり合うように輝きを大きくした。もしもここに詩人がいれば、現象を意味付けするのが好きな彼らは間違いなくこう言うだろう。
これだけ圧倒的な絶望の中で、あの光を"希望"とせずして何とするのか――。
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『救世主ミリルのお仕事』 第3章 −甲世の城(前) 歴史の分岐点− 3-1「蟲の穴」 3-2「甲世の城」 3-3「鈴虫」 3-4「歴史の分岐点1」 3-5「歴史の分岐点2」 3-6「歴史の分岐点3」 3-7「蟲の海、白き炎」 3-8「蟲の海、煌く炎」 (現在ページ) 3-9「蟲の海、目覚める炎」
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