自軍の陣営から発射されている光の矢が、襲い来る巨大トンボの群れを次々に撃ち落していく様子を見て、あちらこちらから歓喜と興奮の声が上がり始めた。 これまで好き勝手に人間を脅かしていた怪物があっさりと敗れたことは、怯える人々に希望と活力を与える。戦場に来た武将たちとて、異形の蟲が相手では恐怖がある。それが払拭されたのだ。 それは、無数の巨大昆虫や食人昆虫に守られている甲世の居城への、人間側からの攻撃が可能となったことも意味していた。甲世の世継ぎである直政が異形の存在と化して魔物を生み出し、人々を脅かし始めてから十年以上が経って、ようやく人間側は反撃への希望を得ようとしていた。 その甲世討伐の切り札となるのは、持ち主に強大な戦闘能力を与える奇蹟の石と、それにより強化された少女たちの戦士の一団。 必ず来るであろう甲世との決戦に備え、大名たちが密かに育てていた秘密部隊である。 「私の武器である退魔の光矢は、甲世の城を守る蟲にも有効なようです」 光の矢を充填した巨大弓を手に微笑むのは、端整な顔をした巫女の少女だった。 しかし普段の巫女装束は姿を変え、しなやかな肢体を薄く覆う柔軟素材の装甲に転じていた。純白の衣は雪色のレオタードと化して成熟した胸の肉線を描きつつ腕から腰までを包み、赤袴は腰のくびれを起点にしなやかな足を覆うロングパンツに変化していた。 そして赤白のレオタードの上に、西洋甲冑を分解して腕・胸・肩・腰・足のパーツのみを選別した、珊瑚色の持つ鮮やかな鎧。淡い桃色が光り輝いて少女の肉体を守り、半透明の白いマントが天女の羽衣のように周囲を舞い舞う。 当然、この時代に存在する言葉に、その衣装を形容する意味のものは存在しない。レオタードなどは300年後の現在を基準した場合、最も適当な言葉であるだけで、この時代に存在する少女たちの戦装束を正確に表現できる言葉は無い。 その少女の戦士スタイルは、この時代の概念には存在さえしていない。乳房のライン等が見て読める扇情的な面もあり、異質な衣装への動揺も重なり、周りの武士の男は皆反応に困った。 しかし、甲世討伐軍に参加している数千の巫女の助力無しに、太平を乱す甲世家を倒すのが不可能なのは間違いない。 「これなら十分に甲世と戦えます。みんな、今こそ戦うときです!」 弓矢タイプの武器を持つ巫女少女たちが先陣を切り、巨大トンボの一群を蹴散らしたことは、まだ変身していない後続を鼓舞するにも十分だった。 男の武士たちを守るように軍の最前面に出るのは、神衣の上から甲冑を着込んだ巫女の少女たちである。既に身体が熟れている少女もいれば、まだ年端もいかない幼い少女もいる。戦闘どころか、力仕事もおぼつかないような外見の者も多い。 しかし、彼女たちは年齢など関係なく無骨な甲冑をつけ、手に光り輝く石を握り締めて、これから自分たちが戦うことになる敵の甲世軍を見ている。巫女の少女が数千並んで武器を持つ姿は、ある種の荘厳ささえ感じられた。 「私たちが、戦乱の無い世の中をつくる」 「みんなが笑って暮らせる、そんな世の中をつくる」 「殺される恐怖の無い、そんなそんな世の中をつくる」 「そのために、厳しい修行に耐えてきたんだから」 少女たちは石の適合者として幼少の頃より密かに集められた。そして普段は名も無き神社の巫女として育てられながら、剣、槍、弓から火縄銃まであらゆる戦闘の訓練を積まされ、身を清めて徳を積み続けてきた。 奇跡の石から一定レベルの戦闘能力を得られても、それを生かすのは本人の経験次第。少女たちは戦士となり、甲世を打ち倒すことが望まれていた。修行はいくら行えど足りるものではない。 毎日続く厳しい修行に死者が出た日もあった。しかし、大半の少女たちは女子としての楽しみを捨て、女子としての生活を捨て、修行に励んできた。 全ては、世を乱す異形を生み出している甲世を滅ぼすため。 そしてクリスタルに選ばれた少女たちは、己の正義感を以て脱落することも無かった。 室町幕府が瓦解してどれだけの時間が流れただろう。既に甲世領以外の場所は、とある強大な大名に従う姿勢を示し、甲世が降伏か滅亡さえすれば天下統一が実現する。戦乱の世は既に終わりが見えているのだ。 しかし、甲世は猛然と平和に反発して勢力を拡大しつつある。風の噂では甲世直政の背後には、更に強大な鬼か、邪教の徒か、狐狸の類が付いているという噂もあり、これ以上力をつける前に討ち滅ぼす必要があった。 再び世を、戦乱に戻さないために――少女たちが厳しい修行に耐えて、武器を手にここに立つ理由である。 「だから、私たちは戦う!」 幼い子供や無力な女性が理不尽に殺され、戦場では朽ち果てた甲冑にカラスの群れがたかり、飢饉や洪水で疫病が流行り、各々が野心のままに動いて国が乱れる――そんな時代に逆戻りさせないために。 クリスタルに選ばれた少女たちは、女性が男性より格下と見られる世にあり、戦いを子供混じりの自分たちに任せるしかない男性たちの屈辱や恥もよく理解している。3000人の巫女は、表に出た以上は隠蔽できる規模の組織ではない。 おそらく、この戦に参加した武士たちは、少女たちの背中に隠れて戦いを見ていたと笑いものにされるだろう。彼らの名誉に付いた傷は消えない。 しかし、彼らはこの戦に志願した。戦乱を終わらせたい一心で、例え巫女の少女たちの支援程度の役目しかなくとも、この戦いに参加することを望んだのだ。 「そして、甲世を倒す!」 クリスタルの眩い光に包まれて少女たちの巫女装束と甲冑が変形し、弓矢の巫女少女と同様の格好に転じた。 紅と雪色のレオタードの上に、珊瑚色の甲冑を装着し、手には剣や槍など愛称のよい武器を持つ凛々しき少女たちの姿。人間の倍はある刀身を持つ少女や、幼い手に巨大な斧を持つ少女もいる。鮮やかな戦闘衣はまさに天女の一群、戦闘力も申し分無い。 しかし、修行を積んでいるとはいえ、余りに華奢な身体や幼い顔と、握られた無骨な武器に不安と期待が入り混じる。それでも、背負うには重すぎる期待を受け、巫女少女の戦士団は戦いに臨む。 3000人の巫女少女が一斉に前に出、赤と白の洪水が甲世軍に迫る。甲世軍もゆっくり前進を開始した。蟲の攻撃が来る気配はない。
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「私たち、甲世が受け継いでいく魔法改造人間としての異能は、生命の構造を自由に書き換えること。人間を蟲に創り変えることもできるし、組み合わせて新種の生物を創ることもできる。もっとも、人間を人間のまま強化する方法はまだ確立していないけれど、おそらく、いつかは可能になる」 「ヘ、へえ……何だか分からないけど、そういうものなんだ」 岩に腰掛けて足をぶらぶらさせながら、鈴虫は得意げに自分たちの能力のことを語り続けていた。火を操る三本指の有翼種は「戦闘の混乱が起こる前に遠くに逃げる」と、山の方に飛んで消えてしまった。 甲世直政に殺される予定の実験動物らしかったので、どさくさに紛れて逃げるのは理解できた。しかし、足軽の少女には、異形が山を越えて逃げていく意味がよく分からなかった。 10万と500という圧倒的な兵力差がある合戦。しかも、諸大名軍には甲世の怪物と互角に戦える巫女がいるという。この合戦で、山を越えて逃げる必要がある規模の混乱が起きるとは、どうしても思えない。 「人間を強化する効率のよい方法は、直接私たちが人間を強化するのではなく、人間を強化する新生物を誕生させて、そいつに人間を強化させる方法なのよね。間を設けると、これが意外と上手くいきそう。まだ使い物にはならないし、あと、どれぐらいかかるか分からない。もしかしたら完成するのは300年後かもしれない。そのころにはもう、人間はその時代の甲世に滅ぼされているかもしれないけど。くすくす」 「それは、あまり嬉しくないわ……」 おそらく、単純に誰かに話をしたかったのだろう。鈴虫は足軽の少女を殺すでもなく、逃がすでもなく、話を延々と続けていた。しかし、聞かされている側は、既に話の内容を理解できていない。重大なことを話されているのは薄く感じているのだが。 「理解しやすく言うとね、私は、貴女の肉片から、貴女の眼球や、皮膚や、肉を創ることができる。心臓や、肝臓、膵臓、子宮、何でも創ることができる。お前を蟲に変えることもできるし、他の生物に改造することもできる。そうだ、今すぐ見せてあげようかしら」 鈴虫が言う内容は、科学のみが発展した場合の300年先でさえ、世界中の学者がその高みを目指して研究を進めている技術である。しかし、足軽の少女にそんなことは知る由もない。そもそも、記録に残らず滅びるはずの甲世が天下をとれば、来るべき300年後の未来は消滅する。 「……が、う……あ、あ!」 もっとも、足軽の少女は言葉の意味を考えることさえできなかった。鈴虫の異能に肉体を汚染され、頭蓋は既に変質して崩れ、無数のチョウチョウで飽和していたのだ。風船のように膨らむ皮だけの顔の、眼窩や、鼻腔や、口内から、血液色の翅を持つチョウチョウが洪水のように溢れ出す。それはかつて少女の肉であり脳味噌でもあった。 「……う……あ?」 乾いた音を立てて刀が転がり、握り締めていた手がチョウチョウに変わって爆ぜた。肌色の斑模様が付いた血液色のチョウチョウだった。甲冑の隙間からチョウチョウが逃げ出し、足軽の少女の身体はみるみる縮んでいく。チョウチョウに変化した分だけ体積が減少しているのである。 やがて一斉にチョウチョウが舞い上がると、少女の肉体はついに消滅して、少女から変わった蟲が鈴虫の上を踊った。 「どう、これが私たち甲世が、この国を創り変えるために授けられた能力……って、いけない。聞いてくれる人間がいなくなっちゃった! ふえーん! 蟲に変えたらもう人間に戻せないのにー! 私のバカ馬鹿バカ馬鹿! オモチャが無くなっちゃったよーっ!」 鈴虫は泣きながら、元人間のチョウチョウたちを眺めていた。遠くでは諸大名軍と甲世軍が衝突し、そして甲世軍側の陣がすぐに崩壊していたが、鈴虫は気にもしていない。甲世直政が巫女少女の軍に討ち取られることはまずないし、心配すらする必要はないのだ。
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合戦の勝負はほぼ一瞬で付いた。生気のない甲世軍の兵たちは少女の戦士団に瞬く間に倒され、今は累々と屍が積み重なっている。蟲による攻撃は一度もなかった。500人の兵を踏み潰した形の3000人の巫女たちは、敵でただ一人生き残る大将を何重にも包囲し、じりじりと距離を詰めていた。また、それをさらに残りの10万誓い諸大名の兵が包囲し、逃げ道を完全に遮断する。 「これはまた、勇ましい女子共が来たものだ! なかなか愉快であるぞ!」 甲世直政は甲冑すら纏わず、普段の衣の姿で微笑んでいた。自分が率いていた人間の兵が全滅し、自分も10万の敵に包囲されたというのに、まるで他人事のようだった。ただ、線の細い顔に柔和とも言える笑みを張り付かせて、飄々と立つ。 「甲世直政、今日がお前の最後になるのよ」 「これまで殺されてきた人たちの無念、今日こそ晴らしてやる!」 巫女の少女たちは剣や槍を構えながら包囲を狭め、あらゆる方向から矢を向け、一斉攻撃のタイミングを図る。まだ幼い少女たちでさえ巨大な斧や槍を手に顔に怒りを張り付かせ、緊張と闘争心が混じり発せられている。 この日のために修行を積んだ巫女少女たちの気迫は、まさに鬼の如し。一方、華麗な衣装に身を包み、武器を構える少女戦士団に囲まれた甲世直政は、そこで初めて笑みを消し、カエルのように眼球を見開いて獲物たちを眺めた。いや、目で愛でた。そして、 「褒美にお前たちに見せてやろう。魔法改造人間の『解放状態』を」 直政の全身が光り輝く文様で塗り潰された。その文様は魔法改造人間の証であり、強大な異能を用いるときに発生する。そして、真に本気の力を出したとき、肉体が異能に呑まれ、魔法改造人間は『解放状態』と呼ばれる異形の姿に変化する。これは全ての魔法改造人間に共通する性質である。 「甲世の本気の力を見られることを、名誉に思うが良いぞ」 本気の、「異形」の甲世直政が、初めて世に君臨する――。
『救世主ミリルのお仕事』 第3章 −甲世の城(前) 歴史の分岐点− 3-1「蟲の穴」 3-2「甲世の城」 3-3「鈴虫」 3-4「歴史の分岐点1」 3-5「歴史の分岐点2」 (現在ページ) 3-6「歴史の分岐点3」 3-7「蟲の海、白き炎」 3-8「蟲の海、煌く炎」 3-9「蟲の海、目覚める炎」
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