学園の屋上で壁にもたれた真名の黒髪は、陽光を浴びてきらきらと輝いていた。 綺麗だ―――刹那は素直にそう思った。木乃香と比べても遜色ない女性の象徴、美しい黒髪は真名の魅力を惹き立てながら一種のクッションとなって、彼女の洗練された攻撃的な空気を和らげてくれる。 褐色の肌の退魔師の少女―――しかし、こうやって見ると、彼女が血と硝煙だらけの戦場を駆け巡る歴戦の戦士だとは誰も思わないだろう。逆に、女神と勘違いする者はいるかも知れないが。 真名はふっと微笑んで、刹那を見た。 戦場の女神の微笑みにどきりとしながら、刹那は真名を見つめ返す。 「刹那、この前の修学旅行の報酬の件なんだが、期限まであと1分だ」 「!?」 女神は借金の取立屋に変貌し、刹那は戦慄してそれに対する。 「相棒でもビジネスの話は別だ。この話はきちんとしておかないとな」 「夏美ちゃん、何か悩みごとでもあるんじゃない?」 私がちづ姉といいんちょと3人で晩御飯を食べていた時に、ちづ姉はいきなりそう言った。たまにちづ姉は超能力者のように私の心を見抜いてきて、そのたびに私はドキリとしてしまい、今もちづ姉が作ってくれた鮭のムニエルを箸から落っことしてしまう。 もしかしたら顔に出ているだけかもしれないけれど……。 「あら、どうかしたのですの夏美さん?」 「何もないよいいんちょ。もう、ちづ姉も変なこと言わないでよぉ!」 心配そうないいんちょをいつものように軽く誤魔化した私は、そっとちづ姉の顔を見た。 「あら、私の勘違いだったかしら?」 そう言って目を細めたちづ姉は、まるで私よりも私のことが分かっているような底知れなさがあって、私は思わず目を逸らしてしまった。私ったら自白したも同然じゃない……。 「何でもないったらないの」 「でも悩んでいますって顔に書いてあるわよ夏美、私でよければ相談に乗るわけれど?」 「本当に……どうしてそう思うの? 私は何も悩んでないよー」 「でも、夏美は悩みがある時、いつも顔がこんな風に―――」 ……少し恥ずかしくなった私は、ちょっとキツい口調でちづ姉に言っちゃった。 「もし悩んでいても、何でもかんでもちづ姉に相談したりしないよ!」 私にも、誰にも相談できない悩みの一つや二つはあることぐらい、ちづ姉だって分かっているはず。それをしつこく、認めるまで問い詰めてくるなんて、なんだかちづ姉らしくなかった。 ただ、ちづ姉はそれ以上何も言わずお味噌汁を啜っていたし、この話はこれで終わりだと思った。
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その日の夜、いいんちょが「睡眠不足は美容の敵ですわ」とか言って、パックをしてさっさと寝ちゃった後、いつものように愛し合うために、私はちづ姉の部屋のドアをこんこんと叩いた。私とちづ姉はまあ、俗に言う恋人同士ではなくて、もっと綺麗な関係……だと私は思ってる果実とか百合ってやつ? 「……あれ?」 部屋にいるはずなのに、ちづ姉の反応がなかった。 「ち、ちづ姉ぇ……どうしたの? 寝ちゃったの?」 ノブを回してみると、ドアは鍵がかかってなくて少しだけ開いたけど、部屋の電気はついていない。これがもしサスペンスなら、部屋の中に死体が転がっている王道パターン。 「……ち、ちづ姉!」 慌てて部屋に入って電気をつけると、ベッドの中のちづ姉の背中が少しだけ動いた。 「なんだ、寝てたんだ。もう、びっくりさせないでよーちづ姉」 「………」 でもちづ姉は返事をしてくれなくて、布団を頭から被ってしまう。 「ちづ姉?」 私は何だか急に不安になって、ちづ姉の顔を見ようとベッドに歩いていく。 「……今夜は来ないでちょうだい」 ちづ姉の、消え去りそうなほどにか細く、震えた声。 こんな声を聞いたのは何年ぶりだろう。 「……っく、……ひっく、えぐ……ううう、ぅ……」 そして聞こえてくる嗚咽に、私の頭の中は真っ白になった。 「ちづ姉どうしたの!? どこか……お腹とか痛いの? と、とりあえず、いいんちょ起こして……」 「止めて!」 引き裂かれるような声に、私はびくんと震えて動けなくなった。 「ごめんなさい、ひっく……で、でも、私、夏美にまで、えぐ、ひっく、嫌われ……うう、ごめんなさい」 涙で顔をぐしゃぐしゃにしたちづ姉が、布団からゆっくりと顔を出してきたので、私はとりあえずハンカチを渡して、ちづ姉が落ち付くのを待った。
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結論から言うとちづ姉は昨日、ボランティアをしている保育園でちょっとしたミスを犯してしまい、園児の一人に怪我をさせてしまったのだという。ただ、それは怪我をした園児に非があって、保育園の保母さんたちも、怪我をした園児の親でさえ、ちづ姉のせいではないと言ってくれたらしい。 親がそう言うぐらいなのだから、たぶんちづ姉は悪くないんじゃないかと思う。しかし、ちづ姉は自分を責めていた。 どれほど園児が勝手なことをしていても、それを管理しなければならないのは子供を預かる保母の当然の義務で、万が一の何かがあった時には保母に全ての責任があると、ちづ姉は口癖のように言っていて、それが悪い意味で現実になった。 自信を喪失したちづ姉に追い打ちをかけたのは、園児たちの態度の豹変だった。 園児に非があったというのは私たちの理屈であって、園児たちの理屈ではそうはならなかった。ちづ姉は特撮番組やアニメに出てくるような、分かりやすい「悪者」にされてしまい、ちづ姉を慕っていた園児たちは一斉にちづ姉を罵り、言うことをきかないどころか、近づいてすらこなくなってしまった。 失った信頼はあまりに大きく、ちづ姉はもうどうすることもできずに一人で立ち尽くした。 園児たちとどう接していいのかが分からなくなり、年配の保母さんに慰められて、落ち込みながらとぼとぼと帰路についた。 そんなことがあった後も、私やいいんちょの前では気丈に振る舞っていたちづ姉だったが、私が悩んでいることを知って、感情を押さえられなくなってしまった。 私の力になることで、自分は他人の力になれると実感したかったんだって。 自信を少しでも取り戻したくて、私に「さすがちづ姉ぇ」って言って欲しくて、 そこまで弱っていたちづ姉は、しかし私にまで拒絶されたと思い込んで―――。 ベッドの上でキスを済ませた私とちづ姉は、いつものようにお互いの園に手を伸ばしていた。 「……夏美、今日は本当にごめんなさい」 ちづ姉が、目をじんわりと潤ませながら声を震わせて言った。 「もういいよ、さあちづ姉……」 私の指が、ゆっくりとちづ姉の割れ目を撫ぜてあげると、ちづ姉はぴくりと微かに動いた。 「……うっ……ふっ……あ、ああ……」 ちづ姉の顔がちょっとずつ蕩けていって、甘い吐息が漏れ出し始めた。どこを弄ってあげればちづ姉が気持ちよくなれるのか、私は全て分かっているもの。 「……ん、ううん……」 「ちづ姉、もう濡れてきてるね」 ちづ姉の快感の証が指先に纏わり付いてきてる。 「あ、あっ、ああ……はあ、はあ……ダメ……」 ちづ姉の朱のほっぺが目に入って、ちづ姉の香りを嗅いで、ちづ姉の息が肌にかかってくる。感じ始めたちづ姉はぞっとするくらい艶かしくなって、怖いほど綺麗で、私は魅入られてしまうの。 「……でも、足りない」 ちづ姉の指は何かを怖がっているように、私の股間で恐る恐る動いている。でも、私の感じやすいところを知り尽くしているちづ姉の責めは、いつもはもっと、もっと……。 「ちづ姉、もっと激しくして……!」 いつもは何回も私を天国に導いてくれるちづ姉が、今夜はまるで抜け殻のようだった。 気持ち良くないわけじゃなかったけれど、いつもは私を気持ちよくしてあげようって気持ちを激しい愛撫から感じることができたのに、今夜はそれが、何も感じられない。ただ、私がベッドにいるから、とりあえず指を動かしてるみたいだった。 「ちづ姉……もっと私を、気持ちよくして欲しいの」 「夏美、でも……今日は貴女を……いつもみたいには……何か怖くて……」 横顔のちづ姉は、同じベッドの中にいる私にそう言って、指まで止めてしまった。 「ち、ちづ姉……」 何だかとても悲しくなって、同時にすごく腹が立った。どうしてかこの感情は憎しみに近い気さえする。私の中にあったなんて知らなかったぐらいに黒い何かが、目覚めてしまった。 頭がかっとなって、ちづ姉のクリトリスを剥いて指でぐにぐにと押し潰して、乱暴にちづ姉の濡れた股間を弄って、指を挿入してやった。いつもと違う黒い何かを込めて。 「ああっ、あはあっ……待って夏美……あっ、あああっ、ちょっと……いや……止め、てぇ……」 「止めない……絶対に止めない! 止めてなんかあげない!」 いつもより乱暴に力を入れて指を動かして、ちづ姉の内をぐちゅぐちゅと掻き回す。 「ああ、っ、激し……あ、ああっ、はああっ、あ……夏美……わたし、はああっ……」 「ふうう、ふうう、ふうう、ふうう……」 卑猥な音を立てながら、ちづ姉の身体が、こんなちっぽけな私の指に支配されていく。 「あ、あ…ああっ、あっ、あっ……はああああっ! あっ!」 絶頂に達したちづ姉は、快楽と苦痛が半分こになった困った表情をしていて、それを見た私はとっても辛くて、目にもあっと言う間に涙が溜まってきて、私はそれをシーツで拭った。 「………はあ、はあ、夏美……怒っているのね……」 「怒ってなんかないよ……怒ってるなんて、そんなのぜんぜん違うよ!」 私は満たされない。どろどろと焦げたジャムみたいなものが私を突き動かしていく。頭の中がどんどん熱くなって、熱くて、熱くて、私を狂わせていく。もっとちづ姉を責めてやる、もうそれだけだった。 「ちづ姉……もっとだよね、もっと、もっと、もっと、もっと、もっと……! もっとだよね!」 「あ、ああっ、あ、あ……なつ…ああっ、あ…み……ああっ……」 「ちづ姉ぇ………っ!」 肺の奥から絞り出すように叫んでいた、その人の名前。 「ほらっ、ちづ姉、どう! これでも、これでもダメなのっ! ねえ! ちづ姉! ちづ姉ってば!」 「ごめんな、さい……ごめん、な、さあっ、ああっ……そ、そんな、激し……あ……ごめ……」 この時の私は必死だった。自分がどうしてこんなことをしているのか分からなかったけれど、絶対に怒ってはなかったの。 「あっ、はああ……今日は……今日はもう……あっ、ああっ……夏美、もう……あはぁっ……!」 「ちづ姉、そんなこと、言わないで! どうして、どうしてなの……どうしてっ!」 気が付くと私とちづ姉は、子供みたいに2人で泣いていたの……。 私と、あのちづ姉が、お互いに見つめ合いながら、声を上げて。
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その日の夜、私はちづ姉と2人で飴玉を舐めている夢を見た。 手の平に乗るような小さな飴玉を、私の舌とちづ姉の舌がぴちゃぴちゃと舐めているの。ちづ姉の舌が飴玉の表面を濡らすと、ちづ姉の味に飴の甘味がじんわりと溶け出して、私はその極上の砂糖水がしたたる前にそっと舐めとり、喉に流し込むの。 毒々しい甘さが心を焼いて、私の理性がじくじくと爛れていく、堕落と紙一重の危ない快楽。 飲んでも癒されるわけでもなくて、むしろ渇きは酷くなる。 それでも飲みたい、味わいたい、飲みたくて飲みたくてたまらなくて―――私は喉が焼き付くまでちづ姉の雫を飲み続けたい。 私の舐めた場所をちづ姉が舐めて、ちづ姉が舐めた場所を私が舐める。お互いの味で濃くなったとろりとした極上の蜜をすくいとり、味わい合って、私とちづ姉の世界はまわるのよ。 ちづ姉が私の顔を見て、天使のように微笑んでくれて。 そして押し寄せてくる背徳感と、ちづ姉と釣り合わない自分への罪悪感が、苦しくて、苦しくて、それ以上に切なくてたまらなかった。 この飴玉は小さくて、舌を離せない痺れる甘さがあって、でもいずれ溶けて無くなる二人の関係。きっと飴を舐め切ったら、私とちづ姉の関係はきっと終わるのだろうと思った。そして飴が無くなって、離れようとした私とちづ姉はそろって悲鳴を上げた。 だって、離れていこうとした2人の身体は動かなかったから。飴を失ってしまった私たちをぐるぐるに縛っていたのは、固くて、重たくて、冷たい―――。
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静寂が満ちた部屋で、夏美と千鶴はすやすやと眠っている。固く固く手を繋いで、まるで世界に2人しかいないような顔で。それはまるで、輪が2つしかない鎖のように。
END
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