おりひめさまと、ひこぼしさまは、ねんにいちどだけ、あうことをゆるされたのでした。
ベガとアルタイルは一年ごとに交流できるほど近い星なのか。疑問はさておき、天の川に挟まれ関係を断たれた男女が会うのを許された貴重な日が七夕である。この記念日に飾られる願い事が叶う短冊には、無邪気な子供たちの願望が時世を反映しつつ込められている。 中でも必ず存在するのが、アニメキャラや漫画のキャラになりたいと願う少年少女だ。語り手が子供時代のときにも、巨大ロボを操る少年や華麗に変身する魔法少女に憧れを持つ者は少なからずいたものである。男の子ならクレヨンしんちゃん、女の子ならセーラームーン。 私は大きくなったら 悪い人からみんなを守る 正義の味方になりたいです
さなえ
願いを短冊に書いた滝浦さなえは、ブロンドのツインテールと頬のえくぼがアピールポイントの美少女である。大きな黒い瞳と柔らかな頬が作る笑顔は天使と形容され、きゅっと小さく締まった唇とのバランスも良い。鮮やかなブロンドの髪は艶濃く、澄んだ声と仄かに香る体臭の甘さは異性も同性も魅せて止まない。 もちろん年齢相応の幼さは抜けないし、無防備とも言える天真爛漫な性格には触れば崩れる桃の危うさも存在していた。しかし、数年後には平均から大きく外れた美人になるのは間違いない。今でさえ多くの同級生から憧れの視線を向けられていた。 ただし当人にその自覚はなかった。早起きが得意で算数と社会が苦手。洗濯板のような自分の胸に比べてブラを使い始めた親友が少し気になる。変わり者と呼ばれることもあるが、誰もが笑うところで笑い泣くところで泣く、どこにでもいる少女である。 そんな彼女の夢が叶ったのは、とある朝のことだ。
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いつも朝早くから学校に来て、花壇の住民に水をやり、水槽の亀に餌をやる。 さなえが変わり者だと言われる理由である。面倒臭い作業をどうして毎日続けるのだという周囲の不毛な疑問からきたものだが、さなえとしては当たり前のことをしているだけだ。途中でジョウロの水が無くなるので補給に走り、そして再び水をやり始める。大体、三往復から四往復で全ての花に水をやることができると経験的に掴んでいる。 そもそも数人でやるべき仕事なのだが、さなえは率先して仕事を引き受けている。友人は面倒と言うが、それがさなえには理解できない。こうして実際に咲いた花は宝石よりも綺麗だし、図鑑に載った味気ない写真より魅力的だと感じている。美しい花を朝から見れば、一日の始まりが楽しくなるというものだ。しかし、その点に関してはいまいち同級生の賛同者は少ない。 亀にしても普段から男子などが玩具にこそしているが、世話をしていることは非常に少ない。水を変えたりするのは確かに臭いし、手が汚れるのでみんな嫌がる。しかし、自分が一日でも風呂に入れなかったり、ご飯をもらえない状況を考えると、世話をするのは当然のこと。それがさなえの答えである。感じ方は違うかもしれないが、亀も辛いのは同じはずだ。 「おはよう、お花さん。今日も楽しい日になるといいね!」 今日も朝一番で登校すると、普段どおりにジョウロに冷たい水を溜めて、ちゃぷちゃぷと音を立てながら花壇に直行した。静かに咲いている花々に新鮮な水を与えながら、順々に朝の挨拶を交わしていく、そのときである。 「おはようございます。さなえさん」 妖精としか形容できない微小の存在がいきなり、花壇からさなえの目の前に飛び出してきた。ティーカップがお風呂にちょうど良いぐらいのサイズで、実際に指と見比べるとその小ささがよく分かる。 「えっ! よ、妖精さん……!? 本物なの! 本当に、お花の妖精さん?」 妖精が頭を上げた。白磁のような肌から緑色の髪を伸ばした頭がゆっくりと上向き、青く澄んだ瞳がそっと開いてさなえを見る。純白のマントで覆われているので身体構造は分からない。感想としては綺麗な外見で問題ないが、評価するなら異形としか言えない奇怪な姿である。しかし、さなえは悲鳴を上げたり逃げたりせず、その様子に妖精はほっとしたように微笑んだ。 「はい。私は花の妖精です。毎日私たちに欠かさず水を与えてくれる滝浦さなえさんなら、私も姿を見せても大丈夫だろうと思い、今こうして言葉を交わしているのです。姿を見せた理由は二つあります。一つは毎日世話をしてくれているお礼が言いたかったこと。そしてもう一つは……」 「もう一つは……?」 「さなえさんには花の騎士エルドルに変身してもらい、私たちの宿敵であるクラドスボリームを倒して欲しいのです」 「えるどる? くらどすぼりーむ?」 「はい。クラドスボリームは私たちの花のエナジーを奪いながら増殖する恐ろしい敵です。このままでは奴らは地球を覆い、全ての花を枯らし尽くして私たちも全て死んでしまいます。ですが私たちだけでは奴らには勝てません。どうしてもエルドルに変身してくれる人間の力が必要なのです」 「そ、そんな、お花さんがみんな枯れちゃうなんて、許せない! そんなの嫌だよ。わ、私にできることなら、何でもするけど……」 「ですが、エルドルとして戦うことは非常に危険です。私たちとしても、花を大切にしてくれるさなえさんのような人間に、こんな危険なことを頼むのはとても心苦しいのですが、心から花を大切にしてくれる人でなければ、エルドルなれないのです……」 さなえはここで、自分の夢が叶うことに気付いた。花の精霊たちを守るために、悪い敵と戦う正義に味方になれるのである。悪い人からみんなを守るという願い事が、天に届いたのだろうか。
「花の香りに誘われれば、エルドルに成る人間がいようとは。座視するわけにいかぬ――」
そのとき、地の底から発せられたような、低くしゃがれた声が辺りに響き渡った。運動場に突然発生した黒い煙が凝集して、数メートルはある漆黒の獅子に変わっていく。鋭い爪を生やした四肢で巨躯を支えながら、顔中に柘榴の実のように分布した赤い眼が妖精と少女を映した。もちろん、さなえの知識にそんな生物はいない。 「ああっ、あれがクラドスボリームです。さなえさん、今はとりあえず逃げてください!」 「で、でもっ……」 クラドスボリームと呼ばれた黒い獅子はふわりと跳躍し、さなえたちの前に素早く着地した。花壇に巨大な足を置き、レンガで造られた枠を軽々と砕き、花を耕すようにぐしゃぐしゃと爪で踏み殺す。 「……!」 「み、みんなが……!」 妖精の泣きそうな悲鳴を聞いて、さなえの中で何かが弾ける。目の前にいる怪物は怖いが、自分は何もできないのだろうか。こんなに酷い行為が行われているのに、このまま逃げるのか。何度も反芻する。そして、それはできないとすぐに気付いた。 「どうすればいいの!」 「えっ! だから逃げて……」 「どうすればエルドルとかいうのに変身できるの!」 「いきなりは無理で……」 「早く!」 妖精は一瞬だけ躊躇ったが、さなえに向けて呪文を唱え始めた。
「花精光転! 花天絢爛!」
『救世主ミリルのお仕事』 第2章 −花の騎士の誕生− 2-1「少女の願い」(現在ページ) 2-2「花の騎士の誕生」 2-3「クラドスボリーム」 2-4「白濁の敗北」 2-5「芽吹く野望」 2-6「殺戮の種」 2-7「滅びの花」
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