黄金仮面との戦いを終えた三島美奈子は、本分である学生の姿で家の前に着いていた。彼女たちのナイトガールズの活動は別に秘密基地の類は設けていなければ、バックアップの組織なども存在しない。戦いが終われば周囲の学生と同じように普通に家に帰るだけである。 「ただいま帰りましたー!」 いつものように電子ロックの玄関を開けると、お手伝いの幸代が出迎えてきた。恰幅の良い体つきをしており、笑顔には長年の様々な経験が練り込まれている。幼少より美奈子の世話をしてきた女性でもある。 「お帰りなさいませ、美奈子お嬢様。服と雑誌が届いておりますよ」 幸代は美奈子の顔を見てにっこり笑う。美奈子が物心つく頃から変わらない微笑みである。 「お食事の時間はどうしますか」 「先にシャワーを浴びますから、うーん、2時間後ぐらいに」 美奈子はホールから右の螺旋階段を上がり、妹の三島葵子と兄の三島幹夫の部屋に挟まれた自室に入る。 美奈子の部屋はピンクのカーペットが敷かれた12畳のスペースである。 学習机にちゃぶ台にテレビまではまだ一般的だが、ゴジラシリーズのぬいぐるみや本棚の半分以上を埋め尽くす特撮のDVDの量は彼女の趣味を如実に表していた。 中には可愛らしい愛玩用の熊のぬいぐるみも存在しているが、ヘドラやガイガンといっしょに並んでいるせいで妙な雰囲気を醸している。 「あーあ、これは着れないです……」 カバンから取り出した体操服は火で炙られたように所々に穴が開いていた。ナイトガールズに変身したときにアーマー化していた体操服は怪物の体液で溶かされ、変身を解いても服に影響が残ってしまった。 「捨てるしかないですね。また新しいの買わなきゃ……」 2ヶ月で6回も体操服を新調している美奈子は、適当に理由を考えて体操服を購入する雑多な手続きに頭を痛める。学校を通じて購入するのだが、6回目となると教師も訝しむのは間違いない。
(クリスタルもいまいち融通が効かないですよね。普通、変身アイテムは発動すると勝手に戦闘服を用意してくれるはずで、それ自体には予算は必要ないはず。それが私のクリスタルだと着衣をそのまま戦闘服に変えるから、戦闘後に服がボロボロで……自腹……)
クリスタルは衣服を鎧に変える能力を持つが、あまり高級な服を使用すると最悪で着られなくなる。レオタードの予備を利用する沙織と異なり、美奈子の服で着潰しても平気なものは学校の体操服ぐらいだった。 ジャージやパジャマはすぐに替えを用意できる。しかし、憧れの女性である沙織があれほど綺麗で可愛らしい衣装なのに自分はジャージなど恥ずかしい。そこで妥協点として学校の体操服を利用することにしたのだが。 (普通、沙織さんとお揃いの戦闘コスを用意してくれるものでは?) くだらないことで悩んでいるとは美奈子も自覚している。 「あーもう、ケンシロウは一体どうやって戦闘服を確保してるんですか! リンちゃんが毎日縫ってるの! それとも買ってるの! 私なら買っちゃう!」 美奈子は決意を固めて箱を開き、送られてきた衣装を蛍光灯の光に翳した。ひらひらのフリルが至るところに付いているクリーム色のドレス、ショートスカートの下はかぼちゃパンツ。美奈子が「これなら自分にも似合う」と選んだ戦闘用の衣装である。 「うんうん、けっこう可愛いじゃないですか! やっぱり値段なんて気にせず沙織さんと釣り合いそうな衣装を買えば良かったんですよね! 黄金仮面もしばらくは現れないだろうし、似たようなやつを2〜3着注文して……あ、でも! その前に着てみないといけません! クリスタルで変身後も確認して!」 鏡の前でフリフリのドレスを自分に重ね、クリスタルを片手に頬を紅潮させて笑う美奈子。そのとき扉がいきなり開いた。 「美奈子お姉ちゃま、空いてるDVDがあれば譲って、くれ、えと、その……」 戸惑いの顔を浮かべて後退する葵子を見ながら、美奈子も石像のように硬直した。クリスタルまで見られて、必要もないのにナイトガールズについてどう誤魔化そうか一瞬考え込んでしまう。 「さ、幸代さぁーん、お姉ちゃまがおかしくなっちゃった! お姫様みたいな服着て石持って鏡見てにやけてる! 怖いよぉーっ!」 階段をかけおりていく妹の足音を聞きながら、美奈子はふと我に返った。別に変身したわけではないのだから問題はないはずだ。 「どうした! 何の騒ぎだ!」 兄の幹夫が美奈子の部屋を覗き込んで、盛大に吹き出した。 「ぶはは! にっ、似合わねぇー! 似合わねぇって!」 美奈子の顔が赤くなり、目にじわりと洪水の気配が起きる。幹夫が自分の失言に気付いたとき、既に美奈子はアクションに入っていた。 「ライダーッ! キーック!」 美奈子の飛び蹴りが幹夫に吸い込まれていく。何度も練習しているらしく、キックのフォームは無駄に完璧だった。
………………… ………
「さて、今夜はどこで時間潰そうかなぁ」 とある公園の中、池の柵にもたれながら携帯を弄る1人の少女がいた。髪はセミロングの茶髪を垂らし、顔にはそばかすが浮いている。端整ではあるが別嬪でもない、どこにでもいそうな普通の少女だ。 「移動しないとポリが巡視に来るだろうし、久しぶりにアマゾンの家に行ってやるか。あいつの部屋快適だし……」
彼女の名は永山洋子。 三島美奈子とは小学生時代からの縁である。
アマゾンとは美奈子のあだ名である。由来は某特撮作品の改造人間からであるが、とても運動能力の高い美奈子によく合う呼び名だ。ただし、本人は諸般の事情から最近は否定することが多く、名前を呼ぶたびに訂正を求められるほどである。 携帯のメモリから手早く美奈子の番号を呼び出す。しかし、いくら電話をかけても「通話中」を表す間延びした電子音が返ってくるだけだ。どうやら誰かと長電話をしているらしい。美奈子は基本的に電話で話す行為があまり好きではなく、洋子が電話をしてもすぐに切ってしまうのだが。 「あーあ……」 美奈子に電話をするのを諦め、ボタンを押した。 「今日ぐらい出やがれよ……くそっ!」 辺りは暗く、人工の光のみが遠くで星のようにきらめく。濃密な闇に埋まりながら、洋子は携帯を見つめる。 池には複数の鯉が棲んでいるが、夜を映した水面から姿を見ることはできない。昼間は鯉に餌を与える子供たちで賑わうスポットだが、近くに街燈の類がないので暗くなれば誰一人寄り付かない。 暗い空間は時間さえも静止したように静かで寒く、空気中を漂う水分子、酸素分子、窒素分子の隙間にさえ光は存在しない。 昼間にはあれだけ大量に流れ込む太陽の光も、微小量もその場に留まらず消えてしまう。別のエネルギに変わるのは悪いことではない。それが本来の姿なのだから。 しかし、光を一握りでもその場に捕まえておくことができれば、果たしてどれだけの価値があるだろう。それは決して夢想ではなく、光学物理において光を閉鎖空間に封じ込める研究は行われている。 光を保存する。その話をテレビか新聞かネットかで知ったとき、言葉の響きから頭の中に線香花火ぐらいの火種が静かに生まれた。それは瞬く間に燃え広がり今に至る。 当時の洋子はおそらく、そのフレーズに惹かれていた。そんなフレーズに惹かれてしまうほど、当時の洋子の精神は疲弊しきり限界だったのだ。 限界だからこそ光を欲した。 消えかけた灯の、代わる光を。 楽しく、明るく、熱く、弾けんばかりの。 希望に輝いていた胸の奥の想い。 それらを心の中に保存することができれば、果たしてどれだけの力を生み出すことができるだろう。光が心に灯るだけで、どれだけのことに立ち向かえるだろう。 人間にもまた、光を流し込むことが必要なのだ。白い光でも、黒い光でも、それができなくなればお終いなのだ。 光は友人、光は想人、光は家族、光は夢、光は野心、光は理想、光は思想、光は宗教、光は国家、時には妬みや嫉み。人間は幾千色の光を流し込まれて動く空っぽのロボットだ。 そして、少女の今の光は――。
「黄金仮面様、今日もアマゾンと遊んでいたのですか?」
そのとき、風の流れがわずかに変化した。洋子の目の前で暗闇の中から溶け出すように黒いマントがはためき、黄金の仮面が姿を現した。数時間前にビルで一般市民を殺害した怪人、黄金仮面がここに現れたのだ。 しかし洋子は驚くことも逃げることもしない。怪人の前に膝を付き、神妙に忠誠を示していた。黄金仮面がこれまで何をしていたのかを知り、理解し、それを受け入れている。今の彼女は最早人間の側には立っていない、怪人黄金仮面の忠実な僕であるのだから。 「いかにも。あの娘たちと遊ぶのは楽しい。300年前の巫女の軍勢よりずっとクリスタルの適合者を見てきたけれど、中でもあの娘たちはちょっかいの出しがいがあるわ」 「巫女の軍勢……前に話していただいた『甲世』討伐隊ですか?」 「そうそれ。あの集団もなかなか傑作だったわね。悲鳴とか絶叫とか。数千人もいると流石に壮観よ。あの『お城』から溢れ出る、いえ、吹き出した大群を見たときの顔といったらもう、絶望と驚愕がまぜこぜで」 仮面の怪人はマントをはためかせながら肩を揺らした。約300年が経過しようが色褪せない光をこの怪人は持っている。恐るべき破壊の欲望と世界そのものを変える野望の暗い光を炎々と。 「そういえば、貴女はこんな時間にアマゾンちゃんに電話?」 「はい、今夜泊めてもらおうかと思いまして」 それを聞いた怪人は首を捻って嗤った。 「彼女なら今、沙織ちゃんと長電話しているわ。それは私のせいなのだけど」 「そうですか。正義の味方って打ち合わせも大変なんでしょうね。いつの間にやら、沙織さん、沙織さんて熱くなっちゃって。どんな出会いをしたのだか」 黄金仮面はさらりと美奈子と沙織が電話で話していることを答えた。洋子が尋ねねば会話内容の詳細まで教えてくれるだろう。美奈子と沙織が何時にどのような発言をしているかまで分かる。しかし、今の洋子はそのようなことに興味はなかった。 「困ったな、どうしよう。家にどうしてもいたくないんです」 「どうかした? パパとママと喧嘩したの?」 「いえ、パパとママを粘液で固め殺してしまって」 洋子は奇怪なことをさらりと言うが、それは事実だ。洋子のマンションのバスルームでは、虹色の粘液にガチガチに固められた彼女の両親が冷たくなっている。表面は完全に粘液で覆われているので腐敗臭が漏れる心配はまだない。
(よくも私を、こんな欠陥だらけの身体に生んだな!) (私は普通の生活がしたい!) (お前たちから生まれなければ、私は普通の生活ができたはずなのに!)
それは長年溜め込んできた少女の憎悪が行為として現れた、というしかない。幼い頃から友人にも誰にも話すことができず、永山家の内で必死に隠し続けてきた『秘密』が、洋子の精神を狂わせていた。 「そうなの」 黄金仮面は驚かずに言った。 「それで今夜は家にいたくないと」 「アマゾンの部屋は広いから、人一人ぐらい泊めれます」 「寂しくて眠れないの?」 「いいえ、あのカタマリが気持ち悪いだけです。同じ空間にあんな汚物があるのが耐えられません。寂しくなんてありません。今の私には黄金仮面様がいてくれますから」 洋子は虚ろな視線で、夜より濃いマントを纏う黄金仮面の方に進んでいく。 水面に映る夜より濃い黒に静々と沈み、持ち上げる手からは闇が零れ落ちる。 暗黒を照らす闇色の灯は他の者には見えないだろう。しかし洋子は確かに感じていた。何よりも暗い闇色の蝋燭が、自分の心をこれ以上ないぐらい明るく照らしていることを。 「アマゾンちゃんのところに行くんじゃないの?」 「いいえ。私の光は黄金仮面様だけです。どうか私をお導きください」 次の瞬間、空間に波紋が生じて怪人と少女を呑み込んだ。そして、最初から誰も存在しなかったように、2つの影は場から消え去っていた。
………………… ………
とあるマンションの一室、無味乾燥とさえ思える殺風景な部屋に並んでいるのはクローゼットと本棚、そして学習机とベッドだけである。若い女性の部屋には見えない。しばらく続いていた電話での会話も、ようやく終わりを迎えていた。 「じゃあ、おやすみなさい。美奈子」 「おやすみなさい。沙織さん」 通話を切るボタンを優しく押す。 ナイトガールズの相棒との電話を終えた月宮沙織は、座っている椅子を60度ほど回転させながら会話に疲れた喉を労わる。 美奈子と話をするのはとても楽しいが、ついつい長電話になってしまうのが問題だった。これまで特に電話での会話を楽しいと感じたことはなく、友人が毎晩電話で話しているというのが不思議だった沙織にとって、それは大きな変化と言える。 「あーあ、美奈子が私と同じ学年だったら、もっと仲良くなれたのに。飛び級してきてくれないかしら。でも、やっぱり言えないわよね……」 美奈子にもう少し自分の近くに来て欲しいというのは沙織の本音である。 沙織は美奈子の能力なら飛び級、即ち、学年を飛び越えて沙織のクラスにくることも不可能ではないと考えていた。美奈子本人は運動能力の高いことばかりが注目されており、また性格がおちゃらけているので目立たないが、語学力や論理的思考力は相当のものである。 彼女が数学で計算を紙に書かず、頭の中で処理して答えが出せることを知る者は、彼女の周りにはほぼいないだろう。3ヶ国語を話せるのを知る者もまずいないはずだ。カンニングと間違えられる可能性が高いのと、能力を披露すると無駄な反感をかう恐れがあるので、学校では隠していると美奈子は笑っていた。 高い能力を周囲に自慢しないのは、おそらくは親の教育の成果。 能力としては、美奈子はずば抜けている。
もし沙織が飛び級を勧めれば、美奈子は飛び級をしてくる。 だから、そんなことは言えない。沙織が言えば、美奈子は従うから。 飛び級というものは、学ぶ時間を省略して次に進むということ。 文部科学省の制度では、幼くとも大学卒業程度の学力を備える者ならば特別に教職など『勤労の権利』が与えられる。 年齢が十代の前半で教職免許を与えられた者もいる。そのような例は国内に数えるほどしか存在していないが、それぞれが優秀な成果を収めているという。 現政権にて日本中央情報局の長官を務める国城という女性も、教師として全国を回った経歴があるとネットで公表されている。
勤労の権利。 働いて良いとする権利。 義務ではありません。 どうか、その能力で働いてください。 それは、肯定すべきか否定すべきか。 合理化。 時間短縮。コスト縮減。 優秀な人材を社会に貢献させるのか。 優秀な人材に社会を与えるのか。
沙織の中で思考が回転し始める。 経済的な事情から早く卒業しなければならないのなら、それは仕方がない。しかし、そうでないのなら、学ぶべきことを正規のルートで学ぶのも大切なことだ。多くの学ぶ時間を与えられているというのに、それを進んで縮めるほどのメリットが飛び級にあるだろうか。 (美奈子なら飛び級とかをどう考えるかしら。でもやっぱり聞けないかな。あの娘、考え始めると突っ走るタイプだし。特に変なことを吹き込まないように注意しないと……) もちろん、それが長所でもあるので沙織は複雑だ。 (そんな美奈子に、私たちの行う正義は社会的にはとても危ういものだと、どう教えるべきか) 少なくとも美奈子とナイトガールズとして活動している以上は、自分たちが既存のイデオロギに影響したり、影響されたりするようなことはできるだけ避けたい。 そのためには、その種の問題にはほとんど興味を持たない、無関心とさえ言っていい美奈子の代わりに、沙織がディフェンスを担当しなければならない。 自分たちが万が一新聞などのメディアで報道された場合、また警察に追われる事態になった場合、対応をどうするのか。 テロの犠牲者から凶悪な犯罪者、自衛権から人権までが言論界で好き勝手に利用され、左右各論の正当性を補強する材料として使われる昨今である。強力な戦闘力を持つ自称『正義の味方』の存在が影響力の高い全国紙などで報道された場合、どのような反応が起きるか検討もつかないし、間違えてもそれで混乱を招いてはならない。 (いくら考えても、後手後手に回るのは目に見えているけどね……) そもそも、現行の法を厳密に適用されれば、市街地で幾度となく戦闘を行っている沙織と美奈子は刑法に抵触する可能性が極めて高い。いくら善良な人々を守るための戦いであれど、法の制御下にない武力は法治国家では脅威とみなされるだろう。 (かといって、間違えても警察やJCIAに相談はできない。特に後者は……最近はあの『お姫様』のせいで暴走気味だし) またクリスタルの価値も大きな問題である。ただの少女を怪物と渡り合える戦士に変える肉体および精神強化能力は、様々な団体や企業が欲するものだろう。クリスタルのことは何としても秘密にしなければならない。 能力を欲する勢力の中には、彼女の父親の企業も含まれている。 このマンションは通学用に用意したものであり、月宮本邸は隣の州にある。母親はマンションと本邸を往復する生活をしており、父親は某企業の中東の支社長であり国内にはいない。――沙織は美奈子にここまでしか話していない。
(沙織ちゃんはどう思う?)
黄金仮面の言葉が頭の中で綺麗に再現される。思いつく限りの罵声を吐きかけようと決して消えないその言葉に、沙織の表情はみるみる硬くなる。かつて、沙織がどれだけ悩ましたか分からない冷酷な事実が、改めて心の奥底から顔を出してきた。
(世界は好きなものを破壊して喜ぶ人間で一杯よ?)
そんなことは、沙織はよく分かっている。 好きなものを破壊して喜ぶ人間がいかに多いか。 父親のように。 父親のように。 そしてそれがどれだけの富を生み出すか。 ――知らないし、知りたくもない。 沙織はそう言ったが、それは嘘だ。 知りたくはないが、知らないわけではない。
なぜなら、好きなものを破壊して喜ぶ勢力に、父親の企業も含まれるのだから。ドラキュラのように血を啜り、悪魔のように人々を争いに駆り立て、そして人々が殺し合う裏で富を吸い上げていく。
(戦争が始まれば、絶好の稼ぎ時になる)
中東に行く前、父親がそう言ったのを沙織は忘れない。 自分の父親が間接的であれ、事実上の『武器商人』であることを知らされたときの、自分が揺らぐ衝撃を忘れることはできない。自分が養われていた環境が、食べ物を買っていたお金が、服を買っていたお金が、家を建てたお金が――全て血塗られた富で成立していると感じた崩壊感と喪失感は、言葉に尽くし難い。
育ててくれたことに感謝はしている。 色々なことを学ばせてくれたことに感謝している。 母親をあれほど幸せそうに笑わせてくれることに感謝している。 自慢の父親である。 ありがとう。 本当にありがとう。 しかし、冷酷な事実を許容することはできない。
中東某国では流出経路不明(とされている)のソ連製の武器を大量に保有した独裁政権と、アメリカ率いる多国籍軍が全面戦争の様相を呈していた。すでに一部の都市では衝突が起こり、街は半壊し多数の死者が出ている。聖戦という言葉を掲げ、貧困で苦しみ教育も受けられない層による自爆攻撃も相次いでいた。
父親のいる国ではない。 父親がいる国はとても安全である。 そこから他国に武器供給を行い、資源を巻き上げる。 沙織はそのお金で何も困ることなく育てられてきた。 両親はそれが世の中の仕組みだと言った。 学校の先生はそれが経済の一面だと言った。 別の先生はこちらが正しいのだから沙織も正しいと言った。 昔の友人はみんな裕福な家の沙織を羨ましいと言った。 否定的な答えを返してきそうな人間には怖くて何も聞けなかった。
正義の味方になりたいと心の底から思うようになった。 何に対してか分からなかったが、それに対して諦めたくはなかった。 無力だとしても、微小だとしても。
(世界は好きなものを破壊して喜ぶ人間で一杯よ?)
再び心の中に蘇る黄金仮面の言葉に、思わず拳を握り締めて机に叩きつけた。鈍い音がして手に痺れが広がっていく。 沙織は今、怪人に襲われる人々を助けられる能力を手に入れた。それでも、自分が思い描いた理想とはほど遠い、レベルの低い自分がここにいるだけだ。 「………」 沙織は鏡に映る自分の顔を見て苦笑する。とても美奈子に見せられるようなものではない、酷いものだった。
序章 『救世主ミリルのお仕事』 第1章 −ナイトガールズ事件− 1-1「悪の怪人は嗤う」 1-2「正義の味方が立つ」 1-3「日常、平穏、暗雲」(現在ページ) 1-4「来訪、粛清、決戦」 1-5「刺客、泥人、乱戦」 1-6「暗黒、敗北、蹂躙」 1-7「そして事件に幕」
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