「ハアアアッ!」 舞うように動き回る沙織のしなやかな手刀と、よく練習された美奈子のキックが、向かってきたゴーレムを打ち倒した。倒れた味方を踏み潰して前進してくるゴーレムたちが、ドラえもんの手に似た土の拳を振り上げる。沙織と美奈子をパワーで叩き潰すつもりだ。沙織と美奈子が左右に飛ぶ。ドスンと音を立ててゴーレムの拳が地面にめりこみ、2人が立っていた場所にクレーターを作った。 美奈子は瞬発力でゴーレムの間を駆け抜けた。沙織は身軽さでゴーレムの間を舞い、鈍重な敵を翻弄している。変身した後は感覚も鋭くなり、敵の気配なども容易に感じられる。背後からの攻撃も対処可能だ。美奈子が剣をかまえ、目の前のゴーレムを斜めに叩き斬る。沙織もバトンを回転させ、近くのゴーレムの頭を一撃で粉砕した。 元より運動神経は抜群の彼女たちである。戦い慣れたゴーレムなら、数体同時に相手にするのも容易かった。実際、1人で4体のゴーレムに勝利した経験もある。 「はあ、はあ、はあ、はあ……」 しかし、余りに続く連戦に、沙織の息が少し上がり始めた。キレの鈍ったバトンがゴーレムの右手を吹き飛ばす。しかし、別のゴーレムがアーマーの青い花弁を摘み取ろうと沙織に圧し掛かってきた。 逃げなければ押し倒されてしまう。沙織は咄嗟に右に飛び、ゴーレムの圧し掛かりを回避した。しかし、着地した場所には別のゴーレムがいた。着地して気付いたが、反応が間に合わない。歯を食いしばり、両手でガードを固めた。 「きゃあああああ!」 大木のようなゴーレムの腕が、細木のような沙織の身体を薙ぎ払った。巨大な土塊が花弁のアーマーに叩きつけられる。衝撃のあまり悲鳴さえ潰れる。淡い光の軌跡を残し、沙織の身体が舞い上がった。 「沙織さん!?」 悲鳴のような美奈子の声を、沙織は自分の耳で認識できていた。意識が戻る。宙でくるりと一回転し、沙織は体操をするように優雅に着地する。 左肩に鈍痛が残っていた。変身後のアーマーは本当に怪物の攻撃を防いでくれるが、ダメージは容赦なく生身に降りかかる。沙織も美奈子も決して無敵ではないのだ。
(世界は好きなものを破壊して喜ぶ人間で一杯よ?)
脳に焼きついたような黄金仮面の言葉が、ちりちりと心を焦がしていく。花弁のアーマーを煌かせ、沙織は迫り来るゴーレムたちに向けてバトンを構えた。負けるわけにはいかない。家族を守るため、友人を守るため、そして自分が正しいと信じることを肯定するために。 「はああああああ!」 鬼気迫る顔で眼前のゴーレムを両断し、次のゴーレムに挑む沙織。視界に黄金仮面の姿が入るが、敵の数が多すぎてまだ近づけそうにない。一歩一歩的に近づいていくしかないのがもどかしい。もっと力が欲しい。 「沙織さん、大丈夫ですか!」 ゴーレムの頭を上をぴょんぴょん飛び跳ねて移動しながら、美奈子が姿を見せる。移動しながらゴーレムの頭を剣で叩き割り、ゴーレムたちが彼女を捕まえようと手を上に伸ばすのを、軽くあしらっていた。 運動能力は沙織のほうが高いが、戦闘は美奈子の方が得意である。実際、美奈子は沙織の3倍ほどのゴーレムを倒している。ナイトガールズになって戦う以前は殴り合いの経験すらない沙織と違い、彼女は色々と場慣れしているらしい。 ゴーレムの頭を上に乗って戦うという発想が、沙織の中には存在さえしない。これはセンスの問題だろう。 「流石は美奈子、素直に尊敬するわ」 ゴーレムたちが両手を天に上げているポーズは、万歳そのもので、実に隙だらけだった。沙織がゴーレムの群れに突っ込み、間抜けなポーズをとっている土人形たちを次々とバトンで打ちのめす。 (美奈子の足手まといになってはいけない……!) 沙織の偽り無き本心である。そんなことを考えていると美奈子が知ったら、彼女はどういう顔をするだろう。
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交通量の無い道路を、黒塗りの車列が走っていた。日本中央情報局(JCIA)の小隊を運ぶ黒い鉄塊は、決定されたコースを一定速度で進んでいく。訓練された兵隊蟻の姿が連想できるほど整然とした走行だった。 「やれやれ、実にくだらない仕事ですね。こんな仕事は本来は『黒犬』の仕事ではないのです」 専用車の後部座席で本を広げていた樺島は、目を細めて平坦な口調で言った。警察署を丸ごと処理することなど、彼にしてみれば退屈しのぎにもならない。退屈を通過して苦痛でしかない任務である。 「国城長官の緊急命令なのです。仕方ありません」 甘三野は市販の角砂糖を食べながら、短く樺島に答えを返す。手が砂糖で汚れるのを防ぐため、手術用のゴム手袋をしていた。その指で角砂糖を掴んでは口に入れて咀嚼する。唾液で溶けた砂糖が喉を流れ落ちる度に、首がごくりと躍動した。 「それに、必要のない下等種を駆除するのも、私たち最上種の義務です」 「駆除――駆除、か。まあ、そうとも言えるか。君の能力を使えば人間もゴキブリと変わらなくなるからね。私としては標的は理性を残した状態でゆっくり始末したいものだが。さっきの警察署の連中も、時間が許せば私が処理したかった」 角砂糖を食べつくした甘三野は、カバンから魔法瓶を取り出して蓋を開けた。隙間から湯気が立ち上り、蜂蜜の甘い香りが車内に広がる。唇に合わせて魔法瓶を傾けると、加熱した蜂蜜がどろりと動いて流れ込んでくる。 ごくん、ごくん、ごくん、と魔法瓶の蜂蜜を飲み干していく甘三野の姿を見れば、大食漢でも食欲を消失するかもしれない。彼女の摂取カロリーは通常の人間を遥かに逸脱していた。 「流石は『黒犬』一の甘党だね、甘三野くん。さっきの警察署の人たちも、君に攻撃されて、さぞかし甘い思いをしたことだろう」 「彼らは頬が溶ける極上の快楽に夢中、殺されても気付きません」 甘三野はそう言うと、蜂蜜を飲み干した口をシロップでゆすいだ。そして虫歯にならないように歯を磨く。子供用歯磨き粉のメロン味を山のように歯ブラシに盛り立てて、やはりシロップで口をゆすぐ。 「甘いものを食べたら歯を磨く。君のそういうところは本当に良い子のお手本だ。子供たちに見せてあげたいぐらいだ」 「良い子はこんな時間に、こんな場所にいません」 軽く会話を交わしながら、狩人たちは目的地に向かう。 ここ三ヶ月間にインターネット上において、ウェブサイト、ブログ、匿名掲示板などで「ナイトガールズ」「黄金仮面」関連の情報を発信したネチズン(ネット市民)の発信量が多い上位10%、各種検索エンジンで該当ワードの検索をかけたネチズン全数の検索回数上位5%、各事件の当事者および捜査従事者の全員が、今夜中にこの世から消え去る予定である。 既に標的のリストアップは完了しており、今の時間も日本国中で粛清の嵐が吹き荒れている。治安維持と混乱回避を目的にしたJCIAの工作が絡めば、事件は報道されることはない。この手の事件隠蔽のノウハウは第二次世界大戦後に国内で行われた『列島大闘争』と呼ばれる、共産勢力・海外勢力の一斉検挙および過激派の鎮圧から培われている。 「さて、もうすぐ標的のいる場所ですね」 「準備をしておこう。つまらない狩りではあるがね」 「国城長官が私たちを使うということは、つまらなくとも意義はあるでしょう」
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「さあ、残るは貴女だけよ、黄金仮面」 全滅して土の塊に戻ったゴーレムを背に、美奈子と沙織はゆっくりと黄金仮面に近づいていた。これまで何度も遭遇しながら直接対決することはなかった宿敵とのようやくの決戦を前に、少女たちの顔に緊張が浮かぶ。 「仕方がない。やや本気を出すとしよう」 少女たちを前に黄金仮面はけたたましく嗤った。バサバサと蠢く黒いマントと一体化した濃厚な闇の中で、黄金の仮面の笑顔が浮かぶ。 静寂も仮面から切り裂かれた。裂けた口から言語も不明な言葉が飛び出し始めた。歌うようであり、叫ぶようであり、壊れるようでもあった。美奈子と沙織が唖然とする前で、黄金仮面は狂うように声を吐き出し、黒いマントが巻き起こる風によって翼のように広がり、空気が振動し始める。 「じゅ、呪文!? 何か唱えて……」 美奈子が叫んだそのとき、空き地全体が水面のように波打った。 沙織と美奈子の驚愕の声が重なる。空き地の土が水のように変化し、いきなり足が沈み始めた。地震の際に液状化現象が起こるのは各地で報告されているが、今回は黄金仮面の呪文が唯一の要素である。言霊に地震の運動エネルギと同様のパワーが存在しているなど、少女たちには受け入れられるものではない。しかし、水の上に立てる人間など存在しないのも事実で、純白とピンクのタイツは土色の液体にみるみる消えていく。 「卑怯よ、黄金仮面! 正々堂々と勝負しな……ごぼぼ、ごぼ……」 「沙織さん! 私、お、泳げな……ごぼぼぼ……」 少女たちが消えた空き地で、闇と化した土の上を歩きながら、黄金仮面はけたたましく嗤った。
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「変革が始まる。あの御方が世界を塗り変えるときが近づいている」 暗闇に流れ落ちた瀧は、数メートルもの長さを持つ女性の髪の束だった。空間を破り溢れ出た髪はみるみる漆黒の山を作り、中から女性の白い顔が浮かび上がる。まだ幼い少女の容姿である。首から下は髪に隠れて全く見えない。 突然、目の前にテレポーテーションしてきた髪の毛のお化けのような少女を目にしても、夜の散歩にいそしんでいた永山洋子は驚かない。驚く理由もない。なぜなら、洋子と異形の少女は主人を同じくする仲間であるからだ。 「今晩は、無限ちゃん」 「今晩は、洋子。今宵は空気が震えているわね」 「そりゃ、多くの人がこの都市で死んでるから。進行形で」 無限と呼ばれた髪の毛のお化けは、にっこりと愛らしい笑みを浮かべて洋子を見る。友好的な意思を示してはいるが、知らないものからすれば恐怖以外の何物でもない姿である。 「無限ちゃん、今日は特に約束はなかったわよね? 御用は何かしら?」 「宮原さんと水俣さんが洋子に会いたいと言っているの。どうする? 嫌なら拒否しても構わないし、会いたいなら私が今すぐ連れて行く。決めるのは貴女」 「うーん、どうしよう。まあ、顔ぐらい見せといた方がいいかなあ。私が知ってる同志って無限ちゃんだけだしねぇ。上峰さんも声だけだし……」 「これは私見だけど、しばらくすればみんな一緒に動くことになるから、顔ぐらいは見せておくべき。私たちの組織は色々な勢力にメンバーが分散しているから、機会は貴重」 髪の毛の塊から首を伸ばして、無限は洋子の顔を見る。洋子に答えを求めているのだが、洋子はふと目を逸らして、そして視線を戻して、言った。 「しばらくすれば……か。それってさ、もう近いんだよね」 「そう。世界のピラミッド構造が変化するまで時間はもうない。『ネオID計画』も予定より大幅に早まる。これはほぼ確定。私たちの行う変革の起爆点よ」 洋子は目を細めて、先程までいた警察署の方を見る。火はまだ消えておらず、今も消火活動が続いているようだ。あの場所で、百人以上の人間がこの世から消えた。 「『ネオID計画』の『開始』に必要な生贄って、あの警察署ぐらいで済む?」 「いいえ、全然足りない。少なくとも皇線学園の数十キロメートル圏内で、最低でも3万人から4万人の人間を一斉に殺害する必要がある。できるだけ同時に」 奇怪なことを言う無限を前にしても、洋子に動揺は浮かばない。 自分が既に人間の側に立っていないことを改めて自覚する。 「できるだけ同時って、そんなの、街に核ミサイルでも撃ち込まない限り無理じゃん。それとも、私たちがフルメンバーで都市を一斉攻撃する?」 「それを考えるのは私たちではない」 「あ。そうだ。『彼岸花』を使えばいいかもね。事故が起きたときに皇線学園を消すための気化爆弾。ちょっとした核爆弾ぐらいの力でしょ、確か」 「第二次世界大戦時、上海に投下されたリトルボーイとほぼ同じ破壊力。学園が世界に及ぼす波及効果を考えれば、火力は決して過大ではない」 「そっか、じゃあ十分可能なんだ。そっかそっか。手段はあるわけだ。うんうん。ちょっと安心したかな」 「いずれにせよ、手段を思考するのは私たちではない」 洋子は破顔して胸を抑えた、興奮を抑えきれないという風に。 「ぶち壊せるんだ。この糞みたいな世界を、私が……」 「壊すだけでは駄目よ。この世界の変革には現構造の否定が必要ということ」 「分かってるって」 「本当に分かってる?」 無限が諌めるように言うと、洋子はにっこり笑った。 「全ては黄金仮面様の意のままに」
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「美奈子、大丈夫だった?」 「な、何とか大丈夫です。危うく溺れるかと思いましたけれど」 月の光さえ届くことない濃密な暗黒が満ち満ちる世界。闇夜を光る蛍のように輝くアーマーが唯一の光だ。沙織と美奈子はお互いに背中を合わせながら、バトンと短剣をかまえていた。お互いの姿さえ見失いそうな暗黒の世界では、身体は鉛に覆われたように重く、伝わるのは無機的な冷たさだけである。バイザー越しに目に映るのは、瞼に残像すら残らない完全なる闇だけだ。 「何とかして、ここから脱出しなければなりません」 そのとき、闇がさらに凝集され始めた。ざわざわと蟲が蠢くようなおぞましい気配が周囲に生まれていく。闇の中で更に浮くほどの暗黒色の物体が、一つ、また一つと闇から溶け出して固まり、意思を持つ魔物として形を成していく。 「沙織さん、戦いますか? 退きますか?」 異様な気配に流石に気圧されたのか、交戦的な美奈子でさえ沙織の判断を仰ぐ。自分を包む暗黒と未知の敵を前に少し不安を覚えているようだが、怖気づいたわけではなさそうだった。彼女は敵が退くと「逃げた」という表現を使うが、自分たちには必ず「退く」という。スポーツでも然り。彼女の無意識のスタイルをよく現した、沙織しか気付いていない特徴だった。 沙織は美奈子の言葉に少し安堵するが、問題自体は解決するわけではない。 「完全に囲まれているわ。逃げ道は無さそう」 「敵の数は、数十はいます」 「一点突破で破りましょう。いける?」 「もちろんです」 美奈子はにこりとマスク越しに微笑んで、カチャリと剣を構える。その目は戦友に向けたものでなく、まるで姫を守る剣士のようだった。 闇はますます具現化して二メートルはある黒い甲冑の騎士と化した。巨体が丸く膨らんで見えるほどの厚い甲冑、その奥には気性の荒い獣の気配が溢れ、手には彼女たちを裂くためのオノや剣や槍が握られている。何も持たない黒騎士の手さえ、少女たちの頭が握り潰されそうなほど大きい。それらがズシン、ズシン、と重量感に満ちた音を無音に響かせ、沙織と美奈子への包囲が狭められていく。 「いくわよ!」 「はい!」 闇の中に青と白の軌跡を残し、美奈子と沙織が黒騎士たちの壁に突っ込む。先制攻撃で相手の一体を一気に打ち倒し、そこからひとまず包囲を破らなければならないのだ。意志の疎通を目で交わした二人には、すでに全ての行動のヴィジョンが浮かんでいる。 集中攻撃をかけるのは斧などの獲物を持っていない黒騎士。前に立てば見上げるほどの相手だが、自分より大きい敵と戦う経験は二人とも豊富である。敵の大きさなど恐れることはない。 少女戦士たちの剣とバトンが黒騎士の無骨な甲冑に激突した。
序章 『救世主ミリルのお仕事』 第1章 −ナイトガールズ事件− 1-1「悪の怪人は嗤う」 1-2「正義の味方が立つ」 1-3「日常、平穏、暗雲」 1-4「来訪、粛清、決戦」 1-5「刺客、泥人、乱戦」(現在ページ) 1-6「暗黒、敗北、蹂躙」 1-7「そして事件に幕」
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