線の細い美少年が深い森の中を歩いていた。刀を持たせれば歴戦の武将を打ち倒し、槍を握らせれば一軍を裂くとまで謳われた武芸の天才、そして周りの人間とは異なる優れた頭脳を持ち合わせていた彼は、幼い頃より既に様々な異名で呼ばれていた。
神童。武神。天人。 後に世にその名を轟かせることになる戦国大名、甲世直政。
その人間の幼少は虫、鳥、熊、罪人をあらゆる手段で解剖することに費やされていた。それは両親や兄弟にたしなめられても止まることはなかった。当時の医療技術の水準から見ても、整合性のある解剖ではない。文字通りバラバラにしてしまうのである。 素手で飛ぶ鳥を捕まえ、熊を打ち倒す剛の持ち主が、動物の解剖という異端の行為を好むのは不気味を超えて恐怖の対象になっていた。いつか自分たちも解剖されるのではないかという思いが、日に日に城内に高まっていたのである。 武士が遊びに興ずることに反対する者は多いが、周りの家臣は直政に絵や歌の遊びを勧めて動物解剖から興味を逸らせようとした。彼はこの時代に存在している絵や歌などの文化を十分理解していたし、幼少からして先人顔負けの才能を以て嗜んだ。それは彼の心に僅かな潤いを与えたが、決して満足させることはできなかった。 ……そして今、直政は獲物を求めて深い森の中を歩いている。鳥や他の野生動物でもかまわないが、できることなら熊のような大きな身体のものが良い。腹の中には臓物がどのように詰まっているのか、頭には何が満ちているのか、大きいものならば観察もしやすい。 「今度こそ、知ることができるかもしれぬ。迷いの答えを」 多くの動物の頭を割って中身を観察し、多くの人間の頭を割って中身を観察した。最新の医学も教えられてみたものの、彼の知的好奇心を満足させることは叶わないでいた。答えが出ることはない。しかし、その永遠に辿り着けない目的地への道を進み続けるのことを、直政は不思議と楽しく感じていた。 答えが目の前に現れないのなら、探究を続けるのことにどのような意味があるのか。また。どれだけ追い続けても決して辿り着けない真理を追うことが、彼に何を与えてくれるのか。彼は心の片隅でそれを自問しながら、貪欲に生物の構造の知識を集め続けていた。甲世の世継ぎとして天下を狙うのも良いが、彼は戦も家のしがらみも捨てて、ただ自分が興味を示した研究に没頭したいとさえ考えていた。 「この乱世では叶わぬ夢だとしてもな」 直政は自嘲しながら木々を掻き分けて、森の深部へと足を踏み込んでいく。遭遇したイノシシを一撃で殴り殺したこともある直政にとって、野生動物は生態系の下に位置するものであり、恐れる対象ではない。 そのとき、森の暗闇から低い女性の声が響き渡った。 「甲世直政、生まれる時代が違えば、世界に名を轟かせる科学者か、それとも世界を混沌に堕とす為政者か。いずれにせよ、この時代に生まれた不幸として歴史から消えるには、いささか惜しい才能だわ」 不気味な声と共に、異様な気配が森の中に満ちた。野生動物でもなければ人間の気配ともわずかに異なる正体不明の存在。声しか聞こえなかったが、直政の近くに何者かがいることは間違いない。 「……何奴だ! 姿を現さぬか!」 声の主に対して誰何する直政。その顔には恐怖など欠片も浮かんではいない。言葉の裏にあるのは、逆賊ならば返り討ちにせんとする獰猛な戦人の面である。 「私は最初からここに立っている」 異形としか言いようがない存在は、ゆらりと姿を現した。 森の暗闇から滲み出てくるように、黒い影が具現化して伸び上がる。夜よりも黒いマントを纏い、嗤う口が刻まれた仮面を付けている存在が、ふっと前に進み出てきた。仮面は黄金で造られており、黒いマントの上に付いた仮面だけがギラギラと毒々しく輝いている。 「ふむ、何と面妖な輩よ。狐狸か妖怪の類ならば面白い。貴様を捕らえて頭の中と腹の皮の下を探るとしよう。他の獣には見られぬ何かがあるやもしれぬ。大人しく顔を割って見せよ!」 直政はそう叫びながら黄金の仮面に槍を突きつける。しかし、直政同様に黒衣の異形もまた恐怖は感じていないらしく、おどけるように肩を揺らした。 「私を殺して解剖しても、詰まるものは虫と同じ」 表情の無い仮面の奥から、くつくつと邪悪に嗤う気配が滲み出てくる。 黄金の仮面の異形の言葉が発せられるたびに、森の暗闇は一段と深く塗り変えられて瘴気が満ち、夜のように視界は暗くなる。 「ふん。只者ではなさそうだ。しかし、主の言うことが真として、貴様の頭を割らぬ理由にはならぬ!」 直政が持っていた槍を頭上で一回転させて、一気に黄金仮面に刃先を打ち込んだ。槍の先が黄金仮面の胸元にドスリと突き刺さる。瞬間、水に潜り込むような奇妙な感触が、槍の柄を握り締める直政に伝わってきた。黒衣の胸元に突き刺さった槍は、そのままズブズブと内部に入り込んでいく。 しかし、明らかに背中まで貫通している突撃にも関わらず、黄金仮面の背中から槍先は現れていない。 「むう!」 異変を感じた直政は、相手の黒衣から槍の先を引き抜く。 引き抜かれた槍は黒衣に潜り込んだ部分だけが消失しており、断面はどろりと溶けて黒ずんでいる。腐食されたというのがしっくりくる現象だった。しかし、触れた物を瞬時に腐食させる衣など、直政の認識ではこの世に存在しない。 「無駄よ。この魔法衣装はこの星17個分の微小超圧縮障壁空間であり、侵入物質のあらゆる性質を空集合転換させて物性を解体する虚無世界に他ならない。人間の製造した金属の刃など一瞬で侵食されて無くなるわ。いくらお前が人間の中で優れていても勝つことはできないのよ」 黄金仮面は一歩、また一歩と直政に近づいていく。 「私のような魔法少女にはね」
とぷん――。 小さな水音を残して、直政の身体は闇に没した。 何が起きたのか分からない。 知覚する時間もないまま、深く冷たい闇の底に沈む。 意識も肉体も溶け合う感覚が脳髄を満たし。 攪拌ではなく希釈されるような。 命そのものが溶けていくような。
「人を探していたの。私の開発したコアを与えるに相応しい人間をね。お前ならこのコアに適合し、その能力を存分に生かすことができる」 直政の目の前に、発光する「コア」が浮かんでいた。白く磨き抜かれ、鏡面のように光り輝く立方体。大きさは拳ほどしなかく、緩やかな速度で回転しているのだろう、色々な面をこちらに見せてくれる。 そして、その磨き抜かれた純白の表皮が、異様な紋様で埋め尽くされた。一見して解読できる部分はない異国の文字、しかし、その文字を解読できる人間がこの世界にどれだけいるのかは分からない。 「おお、これは……!」 生まれたままの姿になって闇を泳ぐ直政の裸体を、虫が這うかの如く異様な紋様が埋め尽くしていく。頭の上から足の先まで紋様に塗り潰される中、花の芽が息吹くようなイメージが脳内に広がった。 直政の肉体と「コア」が一体化し、お互い溶け合い人間の形を失い、一つになって再び形を成していく。
「最高傑作の魔法改造人間になりそうね――」
闇から意識を解放され、人間の形に戻りつつある直政を見て、黄金仮面は満足げに肩を揺らして嗤った。それは、この国に恐怖と絶望をもたらす「甲世」の始祖が誕生した瞬間だった。 もし、この優れた能力を持つ戦国大名と黒衣の魔法少女が森の中で邂逅しなければ、日本の歴史において甲世直政の名が後世に伝わることはなかった。甲世の名が記された書物は全て戦乱の中で消失し、名も知れぬ大勢の中に埋もれて永遠に甦ることはないはずだった。
しかし、歴史は大きく本来の道を外れた。
語られるのは300年後、強力な異能を持つ魔法改造人間が存在する日本。 世界を思う侭に改造しようとする勢力と、それを阻もうとする少女たちの、酷く血生臭く、むごいほど痛く、あまりに多くの犠牲を出した戦いの記録――。
序章(現在ページ) 『救世主ミリルのお仕事』 第1章 −ナイトガールズ事件− 1-1「悪の怪人は嗤う」 1-2「正義の味方が立つ」 1-3「日常、平穏、暗雲」 1-4「来訪、粛清、決戦」 1-5「刺客、泥人、乱戦」 1-6「暗黒、敗北、蹂躙」 1-7「そして事件に幕」
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