西暦20XX年、日本は空前の不可能犯罪ブームに覆われた。元より方向性を与えれば直進する国民性も相成り、無駄なアリバイトリック、意味のない見立て殺人、必要ない密室殺人、数十個のダイイングメッセージの偽装などがあらゆる事件で乱発され、警察の捜査は混乱を極めることになった。 そこに颯爽と現れたのが名探偵と称される人々だった。浮気調査や身辺調査などを行う本来の探偵業とは異なり、彼らは優れた頭脳と鋭い洞察力で不可能犯罪を解決する、まさしく探偵小説の主人公さながらの存在であった。 そして、今回紹介する少女もまた、そのような名探偵の一人――。
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「密室殺人」が起きた洋室に、事件の関係者が集められていた。ここでは名探偵の謎解きが始まっている。事件の解説に聞き入る面々の顔は、総じて険しく真剣そのものだ。 全てのドアと窓が施錠された洋室の中で、一人の男が文章作成ソフトで書かれた遺書をパソコン画面に残して変死した。唯一の部屋の鍵は室内のテーブル上で見つかり、特に争った形跡も見当たらず、事件はそのまま男の自殺で幕を閉じるかと思われた。しかし、偶然現場に居合わせた美少女探偵が犯行現場に残された矛盾を指摘し、男は自殺に偽装されて殺されていたことが判明した。 そして今、事件の謎を解き明かされようとしていた。
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「犯人は輪っかにした糸を、窓の隙間から部屋の中に入れて、テーブルにある女神様の置物に引っ掛けました。こうすると、窓とテーブルには糸でできた橋がかかります。窓とテーブルの高低差は約10cm、傾斜角はさっき分度器で計ったら約15度ありました。最後にキーホルダーのリングに糸を通せば、簡単なリフトが完成です。後は窓の外から部屋に鍵を押し込めば、高低差が勝手に鍵をテーブルまで運んでくれるというわけです。そして輪っかにした糸を切断して、窓の外から回収すれば密室の完成。数十年前の二時間サスペンスみたいな、初歩的な密室トリックです。このトリックが使われた証拠として、置物と窓枠に糸の跡がしっかり残っていました」 少女の説明に、初老の男は蒼白になりながら怒鳴り散らした。 「ま、待て、この小娘の言うことはおかしい! 窓枠にそんな跡はなかった! そうだ、あのとき、みんなで窓の外を調べたじゃないか! 君もいたな? でも、そんな跡は絶対に無かった! こいつは口から出まかせを言ってるんだ!」 「はい、私も事件が起きた時は、トリックの痕跡を発見できませんでした。糸の痕跡は、肉眼では見えない微々たるものでしたから。でも、この「探偵七つ道具」、物体を数千倍まで拡大して観察できる「超倍率ルーペ」を使えば見ることができました」 無数のねじが付いた奇怪なルーペを翳して、少女は男を睨みつけた。犯罪を誤魔化そうとする男への怒りの表情である。一方、男はいきなり登場したトンデモアイテムに戸惑うしかない。 「窓枠などに糸を痕跡をしっかりと確認できました。糸のものと思われる繊維片もありましたよ。今、科捜研が鑑定をしてくれています」 糸を使った密室トリックを解き明かしたのは、縦笛を挿したピンクのカバンを背負い、フリル付きの清楚な純白のブラウスに、チェック柄の赤いスカートを纏う美少女だった。すらりと伸びた足に白いソックスと高級な革靴を履き、少し短めのスカートは健康的な太腿を惹き立てている。ワインレッドのベレー帽が流れる黒い髪に爽やかにフィットして気品を高め、外見はどこかのお嬢様のようだ。 幼い顔は無垢で曇りを知らない宝石に劣らないが、しかし彼女を外見で侮ると痛い目に遭う。瞳を正義感と使命感で輝かせ、小さな唇で犯罪者の嘘を暴く彼女は大河原彩華(おおかわら-あやか)、この近辺では評判の正義の美少女探偵なのだ。 彼女はやはり名探偵であり事故死した両親から七つの探偵道具を受け継ぎ、大河原二世として次々と難事件を解決している。犯罪を憎み人々を助ける父と、助手として彼を助けていた心優しき母を尊敬し、彼らの優れた才能を受け継いでいる。そしてまだ幼いにも関わらず、危険がつきまとう探偵の世界に身を投じた。自分の力で犯罪者を捕まえる茨の道を選んだのだ。 犯人はいつも自分を鬼のような形相で睨んでくる。身長が倍ほどもある大人にも負けじと、彩華はなだらかな曲線の胸をさらに張り出した。少しでも侮られないようにしないといけない。事件を解決することは彼女にとってはボランティアではなく、命を賭けた犯罪者との戦いなのである。 (犯罪者を怖がっちゃだめ……私は犯罪者を捕まえる探偵なんだから!) そんな彼女は今、新たな犯人を告発する。 「犯人は貴方しかいないんですよ! 芳川さん!」 彩華に名指しされた芳川という男は、蒼白になって震えながら目の前の美少女探偵を睨む。しかし、アリバイトリックも崩され、最後の砦の密室トリックまで物証を示されて崩された彼に反論することはできない。 「くそっ! このガキがぁ! もう少しで遺産は俺のものだったのに!」 芳川は逆上して周囲の制止を振り切り、彩華にめがけて拳を振り上げる。自身の犯罪を暴かれて人生が破滅する悲観を、自分を断罪した少女にぶつける身勝手な行動原理である。失うものは何もない彼にストッパーは働かない。 しかし、犯人の逆上は彩華も想定していることだ。 「子供だからって、バカにしないでっ!」 拳をひらりと避けると、まるで抜刀するようにカバンから縦笛を引き抜き、芳川の頭をしたたかに打つ。そして滑り込むように足を一気に払った。 「ぐあっ!」 転倒した芳川に馬乗りになった彩華は、腕時計から細いワイヤーをギリギリと引き出して輪を作り、彼の手と足を縛り上げる。携帯ワイヤーは犯人を拘束するときに使用する7つ道具の一つである。 あっという間に男を拘束してしまった少女に、周囲は一瞬何が起きたか把握できなかった。彼女がそれなりに場慣れしていることを知る者はいない。 「お金なんかのために、3人も人を殺すなんて、貴方は人の皮を被ったケダモノよ! 殺された人たちがどれほどの苦しんだか、自分がしたことを牢屋の中でゆっくり悔い改めなさい! お金で命は買えないんだから!」 凶悪な犯罪者への怒りを露にした彩華の一喝で、芳川はがくりと頭を落とした。それは彼の完全犯罪計画が完全に崩壊したことを意味していた。
『お化け洋館事件』 前編 中編 後編
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