後から到着した刑事たちが芳川を連行した。彼らは彩華が断崖絶壁で犯人に追い詰められた時などにタイミングよくやってきてくれる。拘束された直接の理由は彩華への暴行未遂である。警察署の中で彼は3人を殺害した罪でも逮捕され、法の裁きを待つことになるだろう。 「いつもながら見事だな美少女探偵。ん? 今日は見ない服を着ているな」 「昨日、新調したばかりです。可愛かったから、買っちゃいました!」 「ほぉ。また買ったのか。まあいい、今回も礼にパフェでも奢らせてくれ」 「え、パフェ!」 事件が解決した彩華に、信頼関係にある年配の警部がいつものように報酬を囁く。彩華は犯罪者と戦う探偵の表情から一転、年相応の少女の顔で目をキラキラ輝かせて警部を見た。ちなみに報酬代わりのパフェは経費で落ちないので、警部が自腹で出してくれている。 「あ、でも、今はあの、ダイエットしてるんで、今日はいいです」 彩華は珍しい曖昧な笑みで、それを断った。別にダイエットなどしていないが、彩華は今日、警察に内緒である事件の捜査を行うつもりなのだ。それは時間がシビアな問題であり、パフェを食べる時間が惜しい。
…………………… ………
低気圧の接近により、天気は予報通り大雨になった。 傘を差した彩華は今、古びた洋館の門の前に立っていた。持主が突然行方不明になり数十年、朽ちに朽ち果てた洋館の庭は人の背丈ほどある草で覆われて、まるでジャングルのようだ。
そこは「お化け洋館」と呼ばれる無人の屋敷である。
度重なる台風などで屋根は破れて屋敷内は荒れ果てている。もう人が住める状態ではないが、彼の親族が財産の件で色々と揉めているらしく、取り壊されずに放置されているのだ。 ここは、少し前まで近所の子供たちの秘密の遊び場として賑わっていた。子供たちの行為は不法侵入であるが、彼らにして見ればお化け屋敷の探検ほど好奇心をそそられる物もないのだろう。彼らの間では秘密の探検マップが作成され、この屋敷の構造はほぼ解明されていた、はずだった。
事件は、雨が降る日に起きた。
今日と同じように雨が降る日、ここで雨宿りをしていた少年が、カバンを残して行方不明になった。両親などが屋敷中をくまなく探したが、少年は発見できない。 警察や彩華も捜索に加わり、洋館や周辺の大捜索が行われたが、ついに彼を発見することはできなかった。洋館の主人に続いて、二人目の失踪である。今では屋敷に近づく子供はいなくなり、怪物に食われたやら異次元に引き込まれたやら無責任な噂が流されている。 (あの日、この洋館で何があったんだろう) 大雨が降り始めて、少年は雨宿りをしにこの洋館の中に入った。 ちょうど今、大雨の中を立っている彩華のような状態で。 (事件が起きた日と同じ、大雨が降りかけている今なら、事件当時の状態を再現できるかもしれない。雨が降り始めて駆け込んだ洋館で、少年が何かが原因で屋敷の中で消えたとしたら、今、洋館を調べてみる価値はある!) これは協力関係にある警察にも話していない、彩華の単独行動である。評判の美少女探偵である彩華でも、この行為は不法侵入に他ならない。もし警察に相談してそれを行えば、警察にまで迷惑がかかる。 しかし、保険として、定時を過ぎても連絡できなくなれば、友人が警察に連絡してくれる手筈である。多少お灸を据えられるだろうが覚悟の上だ。 この失踪事件は彼女が今まで解決できていない唯一の事件。彩華としては、現場の風化が進む前に何としても解決したい。ただ、神隠しのようなこの事件に、不気味なものを感じないと言えば嘘になる。 (大丈夫、怖くない。探偵が事件を怖がるなんて、正義の名探偵の名が泣くわ!) 彩華は傘を畳み、意を決して屋敷の窓から中に入る。ドアは一応鍵がかけられているのだが、割れた窓から簡単に洋館に入ることができる。あの日、消えた少年も同様の行動をとったはずである。 そして、入ったその部屋で、彩華は新事実を発見することになった。
…………………… ………
「全然気付かなかった! 地下に部屋があるなんて……」 破れた天井から一階に流れてきた雨水がボロボロの床を這うように流れ、そして何もない場所でいきなり途切れている。水が床のわずかな隙間から、真下にある空間に落下しているのである。この屋敷に地下室は確認されていなかった。つまり、この部屋の地下空間はまだ捜索されていない。 「でも、何の部屋なんだろう……まさか、脱税用の金庫の部屋とか?」 彩華の頭の中で、スイッチを押すと壁が動いて、中から金塊や重火器の山が現れるようなカラクリ部屋が再生される。映画などで見たイメージであり、現実に存在するとしてもそういうモノではないだろう。しかし、ただのワインなどの貯蔵庫なら隠す必要がそもそもない。洋館の主には何か後ろめたいことがあると考えるのが自然だ。 天井はぽたぽたと雨漏りしていて、部屋の床全体を濡らしていく。もうしばらくすれば、この部屋の床は全面が水を含んで変色し、地下に流れ込んでいる水を確認できなくなる。この地下室は雨が降り始めた直後でなければ、自然に発見することはできない。 おそらく、消えた少年も、この地下空間の存在に気付いたに違いない。 彩華は傘を置いて、濡れた床を調べ始めた。 カバンを部屋の隅に置くと、四つんばいになって「超倍率ルーペ」を片手に、水分を含んだ木の床をじっくりと探る。ミニスカートから伸びたすらりとした足が濡れてしまうが、そんなことを気にしてはいられない。少年を発見できる希望が出てきたのだ。 「あった! スイッチ!」 木目に巧妙に隠されたスイッチは、針で押すような小さなものだった。これでは発見できなくても無理はない。彩華はさっそくスイッチを押そうとする。 そのときの行動は、彼女にしては無用心だと言える。彼女は同様の行動をとった少年が失踪したのを知っていたのに、少年と同様の行為を行った。 パカッと彩華の足元の床が開いて、隠し部屋の入り口が現れる。 「キャアアアアアアア!」 同時に、彩華はいきなり足場を失い、どうすることもできずに闇の中に落下した。開いた隠し扉はくるりと一回転して、何事もないかのように元に戻り、雨水は床全体に広がり、そして痕跡そのものを消し去っていく。 穴から飛び出してきたゴキブリが数十匹、部屋からそそくさと出ていった。 無人に戻った部屋に、雨の降る音だけが響いている。
『お化け洋館事件』 前編 中編 後編
|