その事件は、仮面の怪人と、ナイトガールズと名乗るヒロインたちがいた街で起きた。 とあるビルの屋上で、一人の女子高生が白骨化して発見されたのである。 以下、ここでは白骨死体で発見された少女を「A子さん」とする。
事件当日、生前のA子さんを複数の店舗の防犯カメラや、ビルの監視カメラが捉えていた。少しふらふらしていたが、元気な様子だった。しかし、その一時間後、A子さんは白骨化して発見された。 人間が一時間で白骨化することが起こりえるのか。その一点だけでも、この事件の奇怪さは頭抜けたものであり、世間に知られれば大きな反響を呼ぶことは間違いなかった。
さらにビルの屋上には無数の奇怪な痕跡が残されていた。 まず、屋上のコンクリートは砂糖のように溶けて変形していた。化学物質が原因と推測されたが、物質の正体は不明。A子さんの骨も、一部に溶かされた痕跡があった。これを調べた法医学者は、私見であると断りを付けた上で、「A子さんは何らかの生物に捕食され、消化されたのでないか」と述べた。 また、ビルの屋上の給水タンクが破壊されていた。設計以上のパワーで破壊されたのだが、専門家は「ゴリラでもこのような破壊を行うのは不可能だ」と首を傾げている。
事件発生当日、警察は「老朽化して壊れた給水タンクの中から、白骨死体が発見された」と発表。マスコミ各社は夜の報道枠で数十秒だけ時間を割き、警察発表を読み直す形で報道した。マスコミは報道規制が敷かれ、事件は事故として警察に処理されていた。 人々の記憶が風化するのは早い。凶悪性や残虐性を殊更に強調された事件も、別の話題に押し流され、忘れ去られていく。ましてや、その事件は報道されず「終わらされた」事件。ローカル紙はおろか、インターネットの匿名掲示板2ちゃんねるでさえ、事件を話題にする者は存在しない。
あの事件、いや、あの都市で起きた複数の事件について、報道規制を敷いた政府機関。
日本中央情報局。 Japan-Central-Intelligence-Agency。 通称、JCIA。
日本中央情報局(以下、JCIA)は、世論操作、対外工作、国内治安維持、重要案件の捜査等について、国軍に匹敵する情報統制の権限が与えられた、日本国政府の武装諜報組織。設立目的は『警察で対処が困難な、著しく治安を乱す事案』の解決であり、法律上は警察以上、軍隊未満の戦力を保有する。 しかし、日本国軍のうち、陸軍の大半が国防省からの出向という形でJCIAに組み込まれ、また特別の定義される「緊急時」において、JCIAは陸軍の兵器や基地を使用可能とされる。実質的に陸軍は掌握されており、国防省が統括できるのは海軍と空軍のみだった。 軍隊を動かせる治安機関、「泣く子も黙るJCIA」との異名は伊達ではない。 JCIAが使用可能な戦力「国内治安維持特別警察隊」は、獰猛さから、また外見から、通称「黒犬」と呼ばれている。左派からの蔑称として「狂犬」という呼ばれ方もしていた。 そして、もう一つ有名なのが、長官を務める雉島内閣の「お姫様」である。第二次内閣改造で颯爽と現れた彼女は、報道番組で新内閣の顔ぶれを見ていた多くの国民の度肝を抜いた。
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ソファに一人の男がいた。目は狐のように細く、顔の彫りは深い。 「生きているものが生きていないことになる。起きた事件は存在を消され、起きていない事件が新聞の一面に載る。そういう時代は、果たしていつから始まっていたのでしょう。我々が何をしようとも、他の誰もが何も知らないままに与えられた物を受け取り、どこかに動いていく。いや、流れていく」 歳にして30代前半の男。彼は上峰享一。 役職は国防省情報局長であり、国防省の諜報担当のトップにいる。異常なハイペースで出世を重ねている人物であり、省内の政治では事務次官に匹敵するほどの権力を持っていた。 「時より虚しくもなるものです。国民はやはり無知であり、無思考であり、平穏、それが一番良い。しかし、それなら我々が何もしなくてもと、時に思うわけです」 「貴方がそんなことを言うとは、意外だわ」 上峰の前に座る女性が、綺麗な声でそう返した。 彼女の姿を見るとき、人々は時代を忘れてしばし見入る。 いまは果たして何の時代だっただろうか。 日本の首都はどこにあっただろうか。 上峰の前にいるのは、十二単衣を纏った優美な女性だった。 何重もの華麗な衣の上に黒髪が泳ぎ、金の髪飾りが静かに光る。氷を連想させる冷ややかな美貌を歪めているのは、怒りではなく、微笑み。その外見は平安時代の姫君のようだった。 極地のように重い空気を纏い、それは人間であって人間ではない、「姫」と呼ばれる異質な存在。実在の人間では不可能である、架空の姫のイメージとカリスマを体現していた。 彼女の名は国城三輪という。 平安時代からタイムスリップしてきたわけではない。現代生まれの女性である。元は安全保障のシンクタンクにいた軍事専門家であるが、雉島重蔵内閣総理大臣の指名を受けてJCIA長官となった。 記者会見も国際会議での演説も十二単衣で通しており、そのキャラクターから「お姫様」と呼ばれている。あくまで愛称であり、実際に皇族と血縁ではないが、外見は姫としか言いようがなかった。 「上峰、貴方はどんな障害も踏み潰し、望むことを実現する、とても無垢な方です。貴方がそれを放棄するのは、貴方が死ぬとき。誤解されていないと思いますが、これは褒めているのですよ」 「国城長官に言われると、叱られているように聞こえてしまいます」 「自覚はしていますわ」 三輪と上峰は笑い合うが、知らない者が見れば睨み合いにしか見えない。 彼女たちは笑うとき、必ずしも笑顔を作るわけではない。
日本中央情報局長官 国城三輪。 国防省情報局長 上峰享一。
日本国政府の暗部に属する大物二人が会談――。 それだけで関係省庁や与野党は震え上がり、警戒を露にするだろう。会談の実現を知るのも政府も数名だけであり、書類上は二人とも別の場所に存在している。 上峰が横のモニターをちらりと見ると、顔のやつれた白髪の老人が画面の中央で唸った。 二人が話す内容は老人にも聞こえている上、全て録音されている。 『おい、国城くん、上峰くん、くだらん話をいつまでしとるんじゃ。ワシには時間がないのじゃよ。一秒も無駄にせんと早く話を進めてくれい。おい、聞こえとるのか』 「ふふ。雉島総理は、ずいぶんお疲れのようです」 内閣総理大臣の雉島と言えば、文部大臣時代の大規模な教育カリキュラムの改正で話題になり、そのまま総理大臣に昇りつめたと有名な人物。総理の職は激務らしく、最近は老化が激しく見えた。 「総理が『皇線学園』以外の案件で我々を召集するとは、やはり、「日本の主食は米」発言に対するバッシングの件でしょうか? 妙な市民団体が扇動していると小耳に挟んでいます」 上峰は微笑みながら、三輪に問いかけた。 「マスコミを呼んで、今日も集会を開いています。問題の市民団体には不透明な部分が残されており、現在調査中の段階ですが、由々しき問題が確認できれば、こちらの方で強制的に解体します」 『そうだ、国城くん、早くあいつらを黙らせたまえ。何のために君がいると思っとるんじゃ』 画面の中で吼える老人を、上峰は沈黙しながら観察している。 表情に感情は特に浮かんでいない。無表情だ。 『あんな連中は逮捕でも何でもして掃除すればええ。上峰くんも国城くんに協力せい。邪魔モノは排除。もう一度言う。若い君たちも覚えておけ。邪魔は排除。ワシはそうやって総理の座まで昇りつめた』 三輪は柔らかな笑みを作って、画面の中の老人に頭を垂れた。 「「邪魔なもの」は排除。お教えはよく覚えておきますわ。雉島総理閣下」 忠誠の意志を示すように深々と頭を下げ、そして神妙な顔で上げる。姫姿での行為は、まるで神を崇める巫女のようでさえある。 「この国家を、総理を、そして姫将軍様の『夢』を守ることが私の使命。ご期待に添えるよう努めます」 「私も微力ながら協力しますよ。国城長官」 画面の中で吼える老人を眺めながら、三輪と上峰はお互いの顔を見る。 表情と思うところは、それぞれ別である。
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5月14日。一般のその他大勢にとって、少し暑く感じる普通の一日だった。 2週間の連休が明けて、大半の者は連休を惜しみながらも諦め半分で自分の生活に戻っていた。既に休みは終了したのである。 しかし、この日は一部の人間にとって決戦だった。 思想の自由の旗の下、闘志たちが大規模な闘争を繰り広げていた。 平日の朝にも関わらず、公園は人で埋め尽くされて、表面張力が起こるカップのようであり、ビラを撒く男女に通行人たちが足を止めると、巨大な横断幕やプラカードが視界に飛び込んでくきた。 横断幕やプラカード曰く、『JCIAと国防省の廃止を!』『打倒キジシマ軍国主義内閣!』『市民に政治を取り戻せ!』『非武装中立万歳!』『軍隊を放棄して平和なセカイを!』。 戦国時代の軍のように並ぶ旗には、所属する組織名が書かれていた。誰かがスピーカーから割れた声を上げるたびに、はちまきやヘルメットを被った群集が一斉に両手を挙げる。 人間の体温は約36度であるが、大集団の熱量は相乗効果でそれ以上に高まった。涼を与えてくれる木々の効果も薄く、異様な熱気が公園から周囲に漏れている。 「私たちといっしょに闘いましょう!」 異様にカラフルな服を着た中年の男女に片仮名だらけのビラを渡され、通行人たちは苦笑しながら去る。 そこに別の一団が到着した。近所の学校の小中学生たちが教師たちに先導され、数キロの道のりを、巨大な横断幕やプラカードを手にデモ行進をしてきたのである。 横断幕やプラカード曰く、『戦争反対!』『人類平等・みんな平等』『みんな、仲良く!』『平和が一番!』『ソ連と喧嘩するニッポン国を懲らしめよう!』。 教師たちとビラ配りの男女が握手している横で、鸚鵡のように同じフレーズを繰り返す子供たち。そこにビラと署名用紙が配られていく。要するに、子供たちにも運動を手伝わせるらしい。 マスコミの取材車両が数台、子供たちの前に停止してカメラを向ける。子供たちがビラを配る映像を撮るのが目的だ。さらに数人の子供たちが、原稿を片手にカメラの前に歩み寄った。 「今日は子供たちが、社会に訴えたいことがあるそうです!」 満面の笑みの女性レポータが、マイクを少女の唇に近づけた。 「わたしたちは国の偉い人たちに、一生懸命お手紙を書きました」 「軍隊は戦争をする悪い人たちなのに、どうしてそれを守るんですか?」 「私たちはお菓子を買うときに税金を払っています」 「でも、軍隊の人たちのために払っているのではないです!」 「怖い人たちに、私たちのお金を使わないでください」 「そんな手紙を書きました」 「でも、国の人はお返事をくれません。無視されるのはとても悲しいです」 「無視するのはいけないことだって、学校で習いました」 「私たちの声を聞いてください! 答えてください!」 一列に並んだ少年少女たちがあいうえお作文のように順番に答えていく。最後の少女の横には担任と思しき中年女性の姿があった。 「先生はどうお考えですか?」 「子供たちにも思想の自由があるのです。政府は子供たちの純粋な気持ちを踏み躙らないで欲しい!」 そのとき、けたたましいクラクションを鳴らして、別の一団が公園の反対側に現れた。 集会の空気が緊張に包まれたのが、関係ない通行人の肌にも感じられる。挑発的な音声を発している時点で、事態がさらにややこしくなるのは容易に予想できた。 「国賊どもに天誅を下せェ――!」 「神国日本万歳ィ――!」 「敵国の犬どもはァ、日本から出ていけェ――!」 「国民よ、売国奴の集会を糾弾しろォ――!」 火に群れる虫のように現れた無数の街宣車から、大音量の音声が周囲にばら撒かれた。 すかさず警察車両が急行し、公園と新手の集団の間に割って入る。無数の警察車両と街宣車が公園を囲むようにくるくる周る中、新手の集団も同様に通行人たちにビラを撒き始めた。 内容は公園の集団とは真逆。両方渡された通行人は、どちらのビラもゴミ箱に捨てる。 「キジシマ内閣は総辞職しろォ――!」 敵対する政治団体に反撃しようと、公園グループの中央では鳥類のキジが檻から出されていた。雉島総理の顔を模した面を付けられ、不愉快そうにバタバタと羽を動かしている。 主催者と思しき集団はナイフを握り締め、手馴れた動作でキジの羽や胴を切り始めた。キジの断末魔の叫びが響き渡り、赤黒い血がぴしゃぴしゃと飛び散って地面を汚す。 「打倒日本軍国主義政府! 妥当軍国主義キジシマ内閣ゥ――!」 引き裂かれたキジを天高く掲げ、公園の集団は歓喜の声を上げた。 キジはどろどろと臓物が垂れており、翼は切断されている。頭そのものが切断されて無い。教え子たちに拍手をするよう促す教師の横で、数人の子供たちが失神してバタバタと倒れた。 「雉島総理は「日本の主食は米だ」という問題発言を行いました! あまりに石頭で時代錯誤な発言に、現内閣のナショナリズム汚染が改めて確認されたのです! 日本人だから、お米を食べて当然なんですか! 日本人だから! 日本人だから! 当たり前のように繰り返されるこのフレーズが、善良な市民を洗脳するのです! 日本人だから当然そうしないといけないのですか! 違います! 米が嫌いな人だっています! パンが主食の人だっています! 今は世界中の人々がお互いの価値観を尊重する時代なのに、国の主食を限定するなんて、これは海外の文化への差別、侮蔑発言です! 海外からこの国に来てくれた皆さんに謝ります! ごめんなさい! 貴方たちの文化をバカにしてごめんなさい! こんな偏見に満ちた国でごめんなさい! 外国人を差別する国でごめんなさい! 日本に主食なんて考えはいらない! いや、国にこだわることが間違いです! パスタも、パンも、キムチも、日本の主食です!」 スピーカーを片手に叫ぶ中年女性を見て、街宣車隊の男たちが錯乱状態に陥った。 まるで悪魔の声でも聞いて発狂したように頭を掻き毟り、顔を真っ赤にしている。 「売国奴どもの狂気にィ――、この血肉を持って抗議するゥ――っ!」 街宣車の中から出てきた男たちが、ドスで自分の指を切断し始めた。目を見開いて、赤黒い血を滲ませながら刃を指に食い込ませていく。 その横では別の男がガソリンを被り、ライターを付けて火達磨になった。 「ぐあああ、熱いい! 熱いぃ! ニッポン万歳! 日本国! ばいざっ! 万歳ぃ!」 炎に包まれて転がり回る男に、周囲から消火器が浴びせられる。 この光景を目の当たりにした子供たちが、さらにバタバタと倒れた。 「私たちの言論を暴力で弾圧する気ね! この民主主義の敵め! 私たちは負けない!」 『ソ連と仲良く』の旗を持った女性の一声から、二つの集団で小競り合いが同時多発的に発生した。警官が慌てて止めに入るが、お互いを煽り合う集団の衝突は簡単には止まらない。 それぞれの大声が重なり合い、主張は単なるノイズに変わっていく。もう誰が何を言っているのか、何を揉めているのかも分からない。無茶苦茶な喧騒が虚しく広がっていった。
『救世主ミリルのお仕事』 第4章 −甲世の城(後) 白炎の太陽VS暗黒の新月− 4-9「はじまり」
『救世主ミリルのお仕事』 第5章 -5月14日 戦争前日- 5-1「左右の鏡」(現在ページ) 5-2「心の麻薬」 5-3「ウソとホント」 5-4「言葉の意味」
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