樹海の中、静香と美幸が魔物と交戦を開始したのと、ほぼ同時間――。 主戦場の祠からしばらく離れた場所で、数人の巫女が簡易な陣を設けて戦いの行方を見守っていた。彼女たちの役割は戦闘要員への物資的支援や現地の調査、作戦時間の調整や伝達事項の仲介等で、今回の討伐作戦において、戦闘以外の全ての仕事を担当していた。 「戦況は良好の模様。後、数分で決着が付きそうです」 長い髪を優しく手で払い、丸い眼鏡をかけた巫女が緊張をやや崩して他の巫女に解説した。 彼女の名前は姫宮恵。 戦場でも落ち着いた空気を纏い、手には戦闘用の刀が握られている。戦闘の影響の無い安全圏から気配だけで戦況の分析を行うのは容易ではないが、彼女にはそれを任される実績があった。 「不測の事態が起こらないと良いのだけれど」 こくこくと頷きながら報告を聞いているのは、まだ若い二人の見習い巫女。 恵の弟子としてここにいる少女たちは、初めての戦場での雑務に追われていた。 双子らしく、髪をおかっぱに切りそろえた愛らしい顔々。もしも外見相応の年齢ならば、二次性徴を過ぎていないかもしれない。学校に通って仲の良い友達と遊んでいるのがよく似合う。 しかし、両親が魔物の犠牲になり、恵の養子として弟子入りし、魔物との戦いに身を投じた彼女たちの顔に浮かぶのは、あくまで巫女としての覚悟と決意。 今はまだ何もできない。しかし、将来は自分たちが魔物と戦って人々を守る。 その使命は、まだ幼い少女たちにも確かに宿っていた。 しかし、戦闘が無事に終わりそうだと聞かされて、やや緊張が緩んだのかもしれない。 「お師匠様。すっ、済みません……あの……ちょっと……お、お花を摘みに行きたいのですが……」 片方の少女が顔を真っ赤にしながら、消え去りそうな声で恵に許可を求めた。あいにく、携帯トイレを用意するのを忘れてしまい、不本意ながら草むらで済ます以外に選択肢は無かった。
(魔物の住処が山奥なのは仕方が無いけど、これはちょっと……) 下ろした赤袴が汚れないよう手で抱え、茂みに身体が隠れるよう屈みこんだ双子の姉、姫宮真央は、お世辞にも快適とは言えない場所で尿意を解消していた。 顔を赤くして黙り込み、行為が終わるのを待つ。しかし、ちょろちょろと音を立てて地面に飲ませている尿が途切れるには、もう少しだけ時間がかかりそうだった。戦場での緊張のせいか、いつもより量が多く、色もやや濁り気味である。 真央は自分の足袋が尿で汚れていないか、そっと足元を確認した。 地面の凹んだ部分に出しているので大丈夫だと思うが、尿が予想外の向きに流れて白足袋が濡れてしまうのは避けたい。神聖な巫女装束を排泄物で汚す以前に、衣類に尿が付いて喜ぶ者は少数派だろう。 (この装束も、ちょっと森には不向きだし……) 霊能力の循環を最も良くする構造と材質の巫女装束だが、とてもアウトドアに向くとは言えない。 伝統的に下着類は禁止で、唯一認められているのは乳房を押さえるサラシのみだ。 実際、命のやりとりをする戦場でトイレがどうだこうだと思うことが、既に重度の平和呆けなのだろう。まだ自分は魔物と戦う戦士ではなく、常識的な生活を求めている女の子なのだと自覚する。 (パパとママを殺した魔物を倒すために、普通の女の子の幸せは捨てるって決めたのに……) 修行が厳しさを増していくほど、精神が疲弊していくほど、普通の女の子としての幸せという、どろりと甘い誘惑の声が大きくなってくる。霊能力が最も成長する今の時期に修行をしなければ、魔物に対抗する巫女として はとても使い物にはならないが、修行を放棄してしまえと自分の弱さが囁きかける。 (ううん、私たち姉妹で、絶対にパパとママの仇をとるって決めたんだから! もう悩まない!) 真央が決意を新たにしたときには、尿はすでに途切れていた。 ポケットティッシュで性器の周りを軽く拭いつつ、緩んでしまった精神の緊張を張り詰め直そうとする。 「痛っ!?」 そのとき、火で焼かれるような激痛を感じて、真央はティッシュを取り落とした。 気付けなかったが、魔物は彼女のすぐ近くに潜んでいたのだ。無防備に排尿している最中、茂みの背後からゆっくりと、魔物の皮を剥がれたヘビのような触手が近づいていたのである。 そして今――鋭い牙を剥き出しにし、ぷるりと丸い真央の桃尻に齧り付いていた。 「きゃああああっ!? まっ、魔物がっ! どうしてっ!?」 今回、討伐する魔物は静香と御幸が戦っている一匹だけの想定であり、複数存在するなら状況は大きく変わる。しかし、真央の冷静な思考は激痛の嵐に吹き飛ばされてしまった。 お花を摘む最中にお尻を食べられる間の抜けた構図だが、傷は予想以上に深い。 真央の尻は血で真紅に染まり、触手の動きに合わせて肉がゴムのように伸びていく。牙同士が擦れるゴリゴリという音。魔物が筋を牙で擦り潰し、そのまま噛み千切ろうとしているのだ。 触手の口には、果実の断面に並んだ種子のように、鋭利な牙が規則正しく生えていた。敵の肉を噛み千切るため、そして噛み付いた敵を逃がさないため、釣り針のように湾曲した牙。それが尻に深く食い込み、内側から掘り起こすように肉を奪おうとしている。 牙の結合部から流れる血液が下腹部を赤黒く染め上げ、朱色の袴に黒い染みが広がった。反射的に前方に逃げようとすると、牙で縫われた尻の肉はベリベリと腰から離れていく。 「ぎゃ――――っ!」 尻肉を剥がれるあまりの激痛に、真央の意識が一瞬だけ飛んだ。痛みに耐える訓練はもちろん受けているが、現実に喰われた経験などあるわけがなく、とても耐えられない。 触手は返り血で汚れながらぐねぐね動くも、決して尻を離そうとはしなかった。 指先が地面を掻き毟り、短い爪が次々と剥がれて血が滲み出してくる。 激痛に号泣してしまい、くしゃくしゃの顔から涎と涙がぼろぼろと零れてきた。 「助けてっ! 助けてええええっ! 魔物がっ! こっちにぃっ!」 離れた場所にいる妹の理央と恵に、喉が張り裂けんばかりの声で助けを求めた。もう恥も何も関係なく、救援が呼ばなければ状況は酷くなるばかり。尻が魔物に食べられてしまう。 しかし、見習いといえ、真央も退魔の巫女としての修行を積んでいる身。持ち歩いていた護身用の魔除けの鈴を取り出して、決死の反撃を試みる。 威力は弱いが魔物を混乱させる効果がある鈴は、全力で霊能力を込めた武器。 古来より鐘の類に魔除けの効果があるのは和洋共通である。
「わたしは、退魔の巫女、姫宮真央! おっ、お前なんか、わたし一人でも……っ!」
シャリン、シャリン、と清浄な音が響くたびに、魔物は混乱して尻を噛む力を緩めていった。 しかし、あくまで緩むだけで、牙を抜いたり離そうとはしない。見習いの巫女が必死に鈴を鳴らしても、魔物を撃退するには、力量が決定的に足りない。そもそも下級の魔物にしか有効ではない手段だ。 そのとき、茂みがガサゴソと動き始めた。恵が救援に来てくれたのだと、真央の顔は一瞬輝く。しかし、現れたそいつらを見て、氷のように固まってしまった。 「……う……ああ……そんな……」 森から現れたのは救援ではなく、何十匹という肉食の心臓たち。 まるでピンクの森が蠢くように触手を踊らせ、次から次へと湧いて出てくる。右の茂みから、左の雑木林から、泥を噴き上げて次々と現れる異形の魔物。潜伏していた魔物の数は優に百匹を超えていた。 百匹を超える魔物の大群となれば、退魔の歴史に残るほどの巨大勢力。巫女たちは敵の戦力を大きく読み違えていたのである。戦闘要員も、武器も、他の物資も、まるで話にならない。 静香や御幸、それに恵がどれほど優れた巫女であろうと、武器を手に肉弾戦を行っている以上、限界はすぐに訪れる。体力も霊能力も無限ではない。 敵が数十倍の時点で敗北はもう確定的であり、後は逃げ切れるか否かの話になる。 「いやああっ! そんなっ! そんなああっ! 」 半狂乱で鈴を振り回す真央を、ピンク色の心臓の大群が取り囲んでいく。 じたばたと暴れる足首がそれぞれ噛み付かれて持ち上げられ、尻の肉が噛み切られて血が溢れ出した。厚く綿を詰めた白足袋が牙に貫かれ、圧迫された関節が音を立てて壊れていく。 足先を持ち上げられ、代わりに顔が地面に押し付けられる。落ち葉や小石が散らばる上を、真央の顔がざりざりと擦られながら引き回された。鈴は地面を叩きながら鳴り続け、別の手は地面を思い切り掻き、恐怖と激痛による狂乱めいた悲鳴が連続した。 「助けてええっ! 助けてええっ! 助け、げほっ、ごほっ、えほっ!」 食べてしまった土を吐き出し、泥に塗れた顔で泣き叫ぶ真央。鈴は弱々しく音を鳴らし続けるが、触手たちは早くも攻撃に慣れて動揺さえせず、吊り上げられた獲物の肢体に近づいていく。 引き裂かれた装束は布切れと貸し、肩からずり落ちて衣服の役割を失った。足首は砕かれて歪な方向にねじ曲がり、朱袴は股から破れて腰に虚しく垂れ下がり、泥で汚れた小ぶりな乳房が震えている。 手に力が入らなくなり、鈴が音を立てて地面に転がった。 「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」 激痛により麻痺していく身体の自由と、霧がかかるようにぼやける思考。そして、薄れていく意識にはっきり響いてくるのは、絶対的な「死」の到来。 (お師匠様! 理央!) その心の叫びに応えるかのように、魔物たちは洪水の如く真央に向けて殺到した。 絶叫が迸る中、両腕が途中から無くなり、乳房が繰り抜かれ、腹と背中からモツが溢れた。 真央の肢体は両足を吊り上げられたまま、触手の洪水に流されて、振り子のようにぶらぶらと振れる。振れる毎に、生肉が牙に剥かれて血と臓物を垂れ流し、赤く濡れた骨が見えてきた。 触手たちは肌肉を顎でぐいぐいと引き伸ばし、ちょっとした肉塊を乱暴に切断して貪っていく。巫女の甘い血で口を満たすのは、獰猛な食欲と征服欲。配慮など何も無い。 両足が限界まで広げられ、真央の股間は赤い洪水を起こして裂け始めた。 赤黒く濡れた肉断面が露になるや、無数の触手が少女の陰部に殺到し、子宮や腸を奪い合う。 (お師匠様……理央……パパ……ママ……。わたしは……) 触手たちはパンに群がる魚群のように真央の肢体に喰らいつき、鍛えられた健康的な肢体を骨と肉の断片に変えていく。 レバーや腸の破片がどろどろと触手の隙間から流れ落ちた。血化粧を施された愛らしい顔は前後左右から髪を引き抜かれ、耳を噛み千切られた。鼻を噛み砕かれ、頬を剥がされた。 (もう……戦えません……楽に……なりた……) 真央は自分の命が尽きるのを待ち望みながら、魔物たちの牙に削られていく。
地面に転がる魔除けの鈴が、血に塗れながら、ちりん、と虚しく鳴った。 もう悲鳴は聞こえなかった。
(続)
『人喰い怪物VS巫女』 第1話 第2話(現在ページ) 第3話
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