鬱蒼とした樹海の奥深く、緑の洪水を繰り抜いた草原の中央に、歪な石仏を祭る祠が建てられていた。自殺の名所として知られ、年間を通じて行方不明者が後を絶たない呪われた地である。 地図に埋もれた地名に過ぎなかったこの場所が、オカルトスポットとしてインターネットに名を轟かせるようになった現在、失踪者の数は警察をして異常事態と呼ばせるまでに膨れていた。 しかし、誰が想像したであろう。この場所に吸い寄せられた人々が、この時代の科学では存在が否定されている、魔物と呼ばれる存在の餌食にされている等と。
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代々続く退魔の巫女、剣崎静香は愛刀を手に、魔物を狩るべく呪われた地に立った。 流れる漆黒の髪を一つに束ね、澄んだ瞳は夜を映す水晶のよう。すれ違う異性が揃って振り返る端麗な容姿に、成長の過ぎる乳房を無理に押さえ、雪色の衣と朱袴を纏った美しい姿。カチャリと乾いた音を立てたのは、清水で濯がれた日本刀である。 彼女こそ、古代より魔物を屠り人々を守ってきた一族の、末裔の一人。 荒唐無稽な真実そこが、彼女が生きるリアル。神が見る世界が人と異なるように、魔物の見る世界が昆虫と異なるように、巫女の見る世界もまた人と異なる。彼女が見てきたのは、人間を食べる魔物と人間を殺す魔物ばかりだ。幼少の頃より本能的に魔物の恐ろしさを理解し、魔物に殺される人々や食われる人々を目に焼き付けてきた。 成長した静香は魔物を倒す戦士の道を選んだ。目の前で殺されていく人を見たくはないから。そして、それ よりも、目の前で食べられていく人を見たくはなかったからである。
「強欲な獣よ、隠れてないで姿を見せよ。退魔の巫女、剣崎静香に恐れをなしたか!」
静香が凛とした声で得物を構えると、刀身から白い稲妻が弾けて消えた。自身の霊能力を刀に宿して対魔物用の武器に変え、敵を刻むのが彼女の戦闘スタイルである。 幾多の魔物を滅ぼしてきた聖なる雷は、彼女が長い修行の末に会得した退魔の技。 退魔の技を支えるのは、さらに長く幼少より修行してきた剣術の腕。
「同じく退魔の巫女、神代御幸! 天に代わりお前を誅す!」
静香より一回り幼い別の巫女が、弓矢を構えながら凛として叫んだ。ショートカットの黒髪、そして健康的に日焼けした顔は美少女でありながら美男子にも見える。雪色と朱色の巫女装束にも、弓矢で戦うための黒い胸当てが施されていた。 彼女、神代御幸もまた、静香と同様に魔物を退治する巫女である。弓矢で長距離攻撃を担当する御幸と、敵の懐に切り込んでいく静香でコンビを組んでおり、幾多の魔物を倒していた。 多くの巫女は霊能力を宿した塩や札を用いる。または、鈴や鐘に霊能力を宿し、音を媒体に攻撃するスタイルをとる。しかし、それが通用するのは下級の魔物だけだ。 今回の場所にいるような上級の魔物と戦うには、静香のように刀等に霊力を宿して戦う巫女の力が必要だった。全国でも少数の戦闘に特化した巫女たちである。 (殺された人の無念を晴らすためにも、残された人のためにも、絶対に負けられない!) 巫女たち肢体から溢れ出る霊能力が緩やかに渦を巻き、硬く握り締められた武器に集約されていく。
巫女たちの言葉に呼応するように、魔物は雄叫びを上げて活動を開始した。 木々がけたたましく揺れて野鳥が一斉に空に飛び立ち、地の底から轟轟と巨体を上昇させる人喰らい。祠が音を立てて吹き飛び、石仏がゴロゴロと転がって静香の足元で止まる。 地面が割れて茶色い土が噴き出した。長い年月をかけて動物の死骸や樹木の根が蓄積し、雨水が染み渡り、肥えた土の臭気が巫女たちの鼻をつく。湿った音を立てて土塊の雨が降った。 しかし、巫女は微動だにしない。見据えるのは土の中に潜む凶暴な魔物だけである。 湧いた泥に白い骨が混ざり、いっしょに地面から飛び出してきた。肋骨と思しき湾曲した棒状の骨、頭蓋の一部と思しき皿状の骨、関節と思しき歪な形の骨塊。さらに指輪やネックレス等の装飾品や心臓のペースメーカー、金歯や眼鏡のフレームなども付いてくる。 それは行方不明になった人々の成れの果てだった。噛み砕かれたり潰されたりしてバラバラにされた数十人分の人骨が、消化されていない金属製品といっしょに再び日の光を見たのである。 「これほど大勢の人を食べていたとは……」 人々の亡骸を前に、静香が怒気を露にして日本刀を構えた。 地面からは、鮮やかなピンク色の触手が次々と生えて、太陽に向けて伸び上がる。触手は先端が裂けて口に変わり、歪な肉瘤から鋭い牙を伸ばし、涎を垂らしながら真紅の舌をちゅるりと出した。 外見は生皮を剥がれたヘビのような印象を受けるが、全く別の生物である。太さは数十センチ、長さは見えているだけで数メートルはある巨躯の触手が数本、それが本体ではなく端末なのだ。 「静香姉様! こいつ、こんなにいっぱい人間を……絶対許せない! 攻撃します! 」 「まだ待ちなさい。こいつの本体を叩けないと意味が無いの。下手にダメージを与えて逃がしたらとても厄介なことになる。気持ちは理解るけれど、今は駄目」 静香は御幸を制しながら、本体が現れるのをじっと待った。手負いのまま逃がした魔物は凶暴化して危険だと静香は理解っていたが、御幸はまだ経験が無いので実感できていない。 「本体が……来る!」
触手の動きが止まり、一瞬の静寂、そして、これまでにない大きな音が轟いた。 触手畑と化した大地が風船のように膨れ上がり、鮮やかなピンクの肉塊が浮き上がる。 そいつの外見は、理科の教科書に載っている心臓の模型のようだった。左心室、左心房、右心室、右心房からなる肉塊が、あらゆる部分から触手を生やし、表面を蔦のような細い触手で包み、十メートルはある巨躯を小刻みに震わせて、吼えた。 「――――――――――――――――――っ!」 可愛らしい猫の鳴き声に聞こえた轟音。普通の猫の鳴き声を数十倍にした「音」。 みゅああああああ。みゅああああああ。触手だらけの肉食の心臓が、猫の声を発しながらズルズルと移動を開始した。目的は勿論、美味しい二人の巫女。触手がまさにヘビのように敵を威嚇する。 魔物は頂上に排泄穴が付いているのか、ぱらぱらと人骨を落としてきた。落ちてきた骨は老人と思しき曲がり気味の背骨もあれば、幼児と思しき小さな腕の骨もある。食べた以外に考えられない。 「静香姉様! こいつ、ぶっ殺してもいいですか!」 怒声が樹海に響き渡る。静香は御幸の顔も見ず、刀を持ち直し、怪物に向けて走っていた。 「もうっ! 攻撃開始します!」 心臓から伸びた触手たちが、接近する静香を迎撃しようと殺到する。同時に。背後から御幸が放った五本の矢が、静香の背中を猛速で追いかけた。 「斬怪!」 静香の日本刀が斜めに斬り伏せるや、最初の触手は霊力で焼かれて灰に変化し、風に流されていく。別の触手たちが一斉攻撃を仕掛けようとするも、飛翔中に進む方向を変えた御幸の矢に貫かれ、爆発するように飛び散った。 斬り捨てた魔物を焼いて灰にしてしまう静香の剣と、飛ぶ方向を変幻自在に変え、味方をサポートしながら敵の隙を狙う御幸の矢。触手の先陣は彼女たちの連携によって、瞬く間に全滅させられる。 心臓は巫女たちの予想外の攻撃力に怯んだように、少しずつ後退し始めた。米軍の火炎放射器で火傷も負わない肉が、巫女の細い日本刀によってあっさり炭化させられ、動揺したように見える。 「慈悲などかけぬ! 貴様に喰らわれた人間の恨み、存分に味わい苦しんで死ね!」 魔物の本体を前にして、静香の持つ刀が激しい輝きを放つ。生命力の異常に高い魔物との戦いは、力同士の押し合いでしかない。全力で相手の攻撃を押し切り、叩き潰すのみだ。 「斬怪!」 本体を守ろうと静香の前に現れる触手が、両断されて灰に変わった。心臓本体にも触手をかいくぐった御幸の矢がブスブスと突き刺さり、あちらこちらが破裂して血と肉が飛び散っている。 魔物は悲鳴を上げて後退するも、巫女たちの攻撃にみるみる触手を失い、肉を削られていった。
『人喰い怪物VS巫女』 第1話(現在ページ) 第2話 第3話
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