カーウィスの持つ能力は、複雑怪奇な古代魔法の理論を何重にも組み合わせて初めて実現する。それは数千年の単位で賞賛できる快挙だった。 しかし、彼の能力は小学生でも理解できるほどシンプル。 誰もが一度は夢見て、そして諦めていく美しい宝石箱。それが彼の異能。 簡潔に言えば、彼は彼に触れる、全ての命なき物を手足のように操ることができた。 握られた鎖は蛇のように空中を踊り、衣服は意思を持つように蠢き、壁は決して彼を離さない。 だから彼は手を動かさずに武具を操れるし、鎧を着ることもできるし、水の上を歩くこともできる。壁を普通に歩くこともできるし、天井に立つこともできる。 彼が触れた人形は生きているように歩き出し、岩は坂道をかけ登り、死体さえふらふら歩き出す。 勿論、限界は存在する。命なき物とはいえ、空気中に含む分子を操作しての真空発生や気圧操作までは行えない。彼が操れる対象は一定の質量を有していなければならない。 それでも、彼の能力の応用性は場合により、甲世の一族すらも凌駕するだろう。 恐るべき能力を持つカーウィスは自身の異能を解放し、異形の姿に変わっていく。 筋肉は隆起して破裂し、顔は真っ二つに割れて血が噴き出し、手足の皮膚がビリビリ裂けていく。背中からは鈍色の光沢を剥き出しにし、歯茎は剥がれ落ちて金属製の歯が露になり、胴体は数倍に膨張した。「潰してやるぜぇ! 虫けらの親玉がぁ! ぎゃはははははははははは!」 希少にして最高の能力を持つ彼が選んだ道、それは――。「これが最強無敵の俺様の最終形態! 究極の姿よっ!」 カーウィスの全身から暗く光る金属が槍のように噴き出し、彼は人間の形を失った。 むくむくと膨張し、直政より一回り大きい金属製の異形が、耳障りな摩擦音を立てて動き始める。 何十種類もの異なる金属を継ぎ接ぎにして、何層にも重ねて丸めたような重々しいボディ。脚は放射状に発射された端末により固定され、胴体からは無数の金属の触手がわらわら湧く。 触手の先端には人骨を切断する大刀、人間を擦るヤスリ、人間を砕く金槌。人間を抉るドリル。奇怪な形状の人体破壊器具や拘束具。その姿はまるで武器を装備した千手観音のよう。 普通の五本の指よりも、人間の眼球と頬を同時に抉れる器具が欲しかった。 力を手に入れるため、彼は少しずつ生物であることを捨て、肉体を責め具へと変えていった。 命なき物を操る彼の魔法は、あらゆる形状の拷問器具を彼の手足と融合させ、内臓機能まで燃料庫や防錆剤庫に造り替えてしまった。表皮も人工物であり、彼自身の肉体はもう頭部のみ。「けけけ、虫けらぁ! お前は俺様には絶対に勝てねえっ!」 まさに拷問器具の塊と化した存在が、数多の凶器を振り翳して直政の前に君臨した。 唯一残る彼自身の頭部が、嗤いながら拷問器具の塊の中に沈んでいく。「なぜなら、この全身金属の俺様には、お前の生物改造の魔法は通用しないからだっ! さぁ、どうするよ虫けらぁっ! かかってこいやぁ! 自慢の魔法と虫けらの子分でよぉ!」 甲世の一族の能力は生物改造であり、大半が無生物で構成されているカーウィスには効果が無い。彼の能力の相性についての考察は正しかった。「クルクル。カーウィスくんは本当に賢いよね」 そう言って嗤ったハッピーはフリルドレスの下、羽毛で覆われた肢体からドロドロした体液を垂れ流していた。鼻が曲がるような甘い臭気が一帯を汚染し、粘液が地面を静かに這う。 彼女が分泌する体液は、蜂蜜を数千倍にも凝縮させて不足する、殺人的な甘味を有していた。 過度の芳香は感覚器にとっては刺激でしかなく、匂いを嗅ぐだけで鼻は麻痺し、舐めれば他の食物の味は感じなくなる。成分分析をしてみれば、それは歴然とした合成麻薬であり、血液内濃度が高まればショック死の危険性もあった。 その劇甘の分泌物こそが、魔法改造人間たるハッピーの能力。 彼女は甘味の化学物質で相手の精神をトリップさせ、無抵抗の操り人形に変えてしまう。また、他の動物に体液を与えて調教し、その中毒性を利用して従順な子分として利用できた。 特に、彼女は無数の鳥を調教して奴隷に変え、標的を生きたまま突き殺させるのが趣味。 彼女が人間と鳥が混ざった外見をしているのは、純粋に彼女が病気による畸形だからであり、魔法改造人間の解放状態としては、全身から殺人的甘さの体液を垂れ流す姿が本来だ。 甲世の蟲たちは彼女に近づくだけで体液を吸引し、逆に薬物中毒にされて従わされる。 逆の理由で、全身が拷問器具で頭を隠しているカーウィスには影響が無い。 彼らは自分たちの勝利を信じて疑わなかった。 直政を痛めつけた後、澪を殺害して鬱憤を晴らせるぐらいに考えている。 もっとも、澪を殺すのはすぐでも良い。「げへへへへ!」「クルクルクル。どうやって欲しい? ねえ? どうやって欲しい?」 2つの異形は直政との距離を詰めていく。「………」 直政は澪を足元にそっと置くと、硬く拳を握り締めて、嗤いながら、 そして、グシャリと鈍い音を立てて、カーウィスの本体を叩き潰した。「え? カーウィスくん? あれ?」 ハッピーが目を丸くして思考停止している前で、拷問器具の塊は拳に潰されて紙屑のようにひしゃげた。粉砕された頭部から血と脳漿が飛び散り、支えを失った部品がバラバラと瓦解していく。 直政が拳を引き抜くと、潰れたカーウィスの頭蓋が張り付いていた。中身が全て飛び出しており、残っているのは骨の残骸と皮のみ。 彼の命が消失すると同時に、拷問器具の巨躯は音を立てて崩壊する。全身を機械に変えて百年以上を生きていたカーウィスは、一瞬にして分別されてない金属ゴミと化した。「魔法に溺れ、全身をカラクリに変えて鍛錬から逃避したクズなど、俺の敵ではないわ!」 能力を使うことも無く、腕力だけでカーウィスを粉砕した直政が声を荒げる。同時に触手の一本をムチのように振るい、呆然とした鳥女を横殴りにした。 乾いた音を立てて、上半身を吹き飛ばされたハッピーの腰から下が崩れ落ちる。百年以上前に別世界から来訪した異形の少女が、一瞬にしてこの世から脱落する。「お前もそう思うであろう? 俺を殺すために修行を積んできたお前も、な」 倒れていた澪が、直政の背中を睨みながらゆっくり起き上がり、肢体を白い炎に変えていく。戦いを重ねるごとに力を増し、余計なものを削ぎ落とした澪の瞳は、驚くほど澄んでいた。「どこから力を得たか知らぬが、貴様は四度、甲世に挑むか」 直政は酷く愉快げに嗤いながら、振り返って澪の姿を見た。肢体を白炎に変えてゆらゆら揺れる異形。カーウィスやハッピーより誇り高く、そして美しい敵がそこにいる。「どこから力を得たか? お前が蹂躙したこの世の全てが、お前を殺せと言っている」 その言葉を聞いて、直政は大笑した。「ふむ! せっかく、滅ぼさずに済ませたというのに、小生意気に噛み付きおったか!」 異形、いや、最早魔物の領域に達した巨躯が、誰に聞かせるでもなく声を上げた。その言葉には、この世界そのものを否定せず、情けをかけていたことが読み取れた。 世界を滅ぼそうと思えば滅ぼせた。しかし、情けで許してやった。 彼の言葉には何の嘘も装飾も含まれていない。『新月』は日本滅亡を望まないでいたが、彼が本気になればこの国の文明そのものを根底から破壊することもできる。 生物改造の能力は、まさに世界の生物の頂点に君臨する『支配者』たるものだ。 そのとき、直政と澪の会話を邪魔するかのように、高い声が複数響いてきた。「直政様、ご無事でありますか! 『甲世六歩足』が『二足』、幻影の蜻蛉、ただ今参上! 不埒者どもは我々が成敗いたします! 我々が来たからにはもうお前の好き勝手にはさせぬぞ炎女!」 甲世の武将でも精鋭である6人の武将は『甲世六本足』と呼ばれていた。『新月』には属さず、あくまで甲世家の家臣団であるが、全員が魔法改造人間と化している。居城にて待機していたが、戦況の異変を察して飛び出してきたらしい。 幻影の蜻蛉と叫んだ女は、黒いフードを被った女武将で顔は分からない。しかし、冷酷な目で乱入者を観察した澪は、彼女の気配が百足の洞窟の気配と一致することに気付く。 あのとき、泥が百足に化けたのは、一部は幻術だと弥助は言った。異能者がどういう方法で幻術を使ったかは不明だが、少なくともあの洞窟には、直政と弥助と以外に幻術使いがいた。それが蜻蛉。 蜻蛉の周りには大小の男たちが5人いた。「『甲世六歩足』が『三足』、剛力の大蟻」「『甲世六歩足』が『四足』、陣殺の鬼蜘蛛」「『甲世六歩足』が『一足』……ぎゃあああああああっ!?」 彼らの口は白い炎に包まれて悲鳴に変わり、名乗りが再開されることは永遠に無かった。突然、全身が高熱を帯びて発火し、身体の外側と内側から灰に変わっていく。 6人の武将は炎に包まれてのたうち回り、断末魔の悲鳴が一帯に木霊した。焼け爛れていく蜻蛉がはっと顔を上げると、澪は氷のような目で自分を見ていた。そして、「死ね」 澪の残酷な言葉が聞こえた瞬間、『甲世六本足』は灰燼に帰した。彼らは激しく燃え上がり、骨まで灰に変わって風に流されていった。 情や葛藤は完全に消失しており、ただ邪魔者かつ敵対者を排除しただけの行動。甲世の家臣とはいえ6人もの命を瞬時に奪おうが、澪はもう感情一つ動かない。「済まぬな。俺の家臣たちが無粋なことをした」 静寂が戻った戦場にて、直政は声を上げて嗤いながら澪を褒める。「今のお前ならば、俺の相手になるやもしれぬな。しかし、俺はあえてお前に問おう。お前を俺と同じ場所に立ったものと認めた上で問う。俺の家臣にならぬか? 俺の下につくなら悪いようにはせんぞ」 直政は澪をからかうような口調でそう語りかけた。 澪の白炎は彼女の感情を示すように揺れたが、瞳だけは氷のように冷たく、眼前の合成獣を見つめるだけだった。返答の言葉は無い。 言葉の変わりに、これまでにない規模の地震が一帯を襲った。地下から何かがせり上がる重い音が、聞く者に悪寒を与えながら近づいてくる。「甲世直政、もう全てを終わらせよう。もうここは崩壊するしかない。悪意と絶望しか残されていないないから、私も思い切り暴れることができる。そして穢れたものを焼き尽くす。この様に」 澪の発した言葉は――答えではない。諦めの色が濃く、悩みの一切は存在しない。 そのとき、蟲の巨大巣から何億という異形が一斉に飛び出してきた。黒い煙のように湧き出していた蟲たちは、今や黒い柱と化して空に昇り、何かから逃れようと各地へ広がっていく。「ひぃぃぃ、た、助けて! 直政! わ、私たちを助けなさい……早く! 早くぅ!」「いやいやいや、こんな所で死ぬのはイヤーっ! 嫌なのぉぉ!」 巨大なスズメバチに乗って巣穴から昇ってきたのは、瑪瑙姫と左近だった。彼らは巣穴の奥から自分たちを追撃してくる存在を恐れ、他の異形たち同様に形振り構わない逃走に転じている。 彼らを追跡してきたのは、一本の光の矢だった。 それは紛れも無く、甲世討伐隊の巫女少女が装備していた武器である。自分たちを結成して戦闘訓練を施し、そして慰み者にしていた2人の『新月』に向けて、光の矢は迷うことなく飛翔する。 その矢が単に暴発したものなのか、それとも左近たちの裏切りを知った者が放ったのか、蟲と勘違いして放たれたものなのかは、誰にも分からない。矢を放った少女はもうこの世にいなかった。 光の矢は狙いを外さずにスズメバチの翅を射抜き、巨体はぐらりと傾く。「ぎゃああああああああああっ!!」「ひいいいいぃぃぃぃ!」 左近と瑪瑙姫は恐怖に満ちた悲鳴を残して、昇ってきた巣穴に落下していった。 地震が激しくなるたびに巣は淵からガラガラと崩れていく。 甲世城もひび割れた地面の上には立つことができず、轟音と共に傾いて巣穴に崩れ落ちた。奈落に転がり落ちて原型を失っていく城からは、蟲が黒煙のように噴き出て逃げ出していく。 奈落からは赤い光がせり上がってきていた。 蟲海を容赦なく呑み込み、上昇してくるのはマグマの奔流。灼熱の溶岩が巣穴を満たして焼き尽くし、あらゆる生物を細胞一つ残さずに消し去っていく。 熱気で発火し、全身が炎に包まれた左近と瑪瑙姫が、手足をばたつかせながらマグマに落ちた。転がり落ちてきた甲世城の残骸も、大きな飛沫を残して赤い渦に消えていった。 勢いを増したマグマは天かける龍のように地面から噴き上がり、地上に燦然と姿を現し、空気を焼きながら拡散し始めた。爆発音に近い音が連続して、あらゆる場所が炎に包まれていく。 紛れもない――『噴火』と呼ばれる現象に他ならない。 それは甲世の巨大巣が完全に崩壊し、悪夢の爆心地が炎の中に消えた瞬間だった。 ………………… ………「ふむ、これがお前の返答か。澪」 マグマを噴いて爆発炎上する巨大巣を背景に、直政は始めて少女の名を呼び、笑った。「5年におよぶ因縁に決着をつけよう。甲世直政」 澪は轟轟と炎を生み出して、やはり笑った。『救世主ミリルのお仕事』 第4章 −甲世の城(後) 白炎の太陽VS暗黒の新月−4-1「白炎の太陽VS暗黒の新月1」 4-2「白炎の太陽VS暗黒の新月2」 4-3「間、集結の新月」 4-4「白炎の太陽VS暗黒の新月3」 4-5「白炎の太陽VS暗黒の新月4」 4-6「白炎の太陽VS暗黒の新月5」 4-7「燃える世界」 (現在ページ)4-8「終極」 4-9「はじまり」
Author:N *― ―) 暇人のSS書き。華麗に武装した少女戦士や魔法少女の敗北萌え、陵辱萌え、拷問萌え。好きなシチュは汚されてドロドロ、小さいものウジャウジャ、囲まれてボコボコ、動けない、脱出できない、終わらない。 好きな作品は最近は学園黙示録 ハイスクール・オブ・ザ・デッド。お気に入りは、うみねこシリーズ、舞Himeシリーズ、ネギま!、セーラームーン、封神演義等。
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